随想 |
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寺尾 亮 |
引地川の親水公園は、藤沢W協会の定番ルートで目玉のメニューである。普段でもウオーカーの姿が絶えることはない。魚影を求めて糸をたれる釣り人も多い。湿原や中洲に焦点合わせるカメラマンもいる。焦点のお目当ては「カワセミ」である。縄張りがあるらしく、止まる樹木もきまっているので、少し気長に構えれば姿を捉えることができる。
私は、十年ほど前から河原の散歩を習慣にしていた。鳥に興味があり、水鳥愛好家の家内と一緒に観察しながら歩いていた。河原に寄留する鳥は、渡り鳥・遊鳥のちがいはあっても種類が多い。大きい方から鳶、鷺、鵜、烏、鴨、鶺鴒、鴫、鳩、ゆり鴎、ムク、水鶏、バン、燕、雀と種類は多彩である。鳴き声だけならヨシキリ、コジュケイ、雉、鶯もいた。鷹匠橋から高名橋の区域が聖域である。
ある日、鷹匠橋から中州のカルガモを、見下ろしていたときのことである。透明な青いブラスチックの切れはしが、目の前を過ぎって下流の方へ飛んでいった。家内が「カワセミ」と目ざとく確認して叫んだ。これが「幻の鳥」との最初の出会いであった。出会いを求める旅は楽しい。以後年を追うごとに三度目に一回、二度目に一回と、次第に出会いの数が多くなり、いまでは散策のたびにほぼ確実に出会いるようになった。
「カワセミ」は藤沢市のシンボルである。昔は引地川や境川でごく普通に見かける鳥であった。だが、開発による環境破壊やコンクリートで固めた改修工事などで、営巣ができず、一時絶滅したのではないかと危惧されていた。いまや個体数は確実に増えている。原因はいろいろあろうが、親水公園が自然の形に整備され、潅木が茂り、中洲が出来上がり、巣づくりが容易になったこと、淀には小魚がひしめくようになったことが考えられる。巣は河原の崖、河原と湿原の池が餌場である。
カワセミはほかの鳥とは存在の様式が違う。他の鳥は空を舞うか、水面を遊弋するのでいやでも目につく。カワセミは、ウスバカゲロウのように、水面上にホバリングする。陽炎に包まれて霞み幻想的、また樹間に潜むので、見ようとしなければ見えない。しかし、透明なコパルトブルーの美しい羽色は、コートのように身を包んで耀き、かすかな動きでもすぐ目につく。宝石の「翡翠」は、透明な碧色をしているので、カワセミからその名称をもらった。決してその逆ではない。
- 山と渓谷社版・野鳥図鑑「カワセミ」:背中が光沢のあるブルー、腹面がオレンジ色の美しい鳥。「飛翔する宝石」ともよばれる。列島のどこにもいるが、北のものは冬になると南下する。おもに魚を食べ、ホバリングからや、枝や杭から水中に飛び込んで獲物を捕らえる。雄は雌に魚を送って求愛し、つがいで崖に穴を掘って巣をつくる。体長約十七センチ、日本のカワセミの類では最小。
大リーグ・松井秀喜選手が「メジャーの投手は、見たこともないとんでもない球を投げてくる」とコメントしていた。球種の一つはナックルボール、投手は球を鷲掴みにして前方に放り出す。ひらひらと横に揺れ、ふわふわと上下し、超低速だから縫い目が見える。打者がいま打とうか、ちょっと待とうかと思案しているうちに、コットンと捕手の足元に落ちてしまう。結果は空振りだが、投げた投手にもどこへ行くかわからず、捕手もへっぴり腰、とにかく後ろに逸らさないようにと苦心惨憺する。解説者がうまい表現をしていた。「ホバリングみたいですが、上下左右にひらひら、そう、カワセミの飛ぶ姿に似ています」。
戦前・戦後のすぐのころ職業野球には、超職人的な名投手がいてこの球を放った。観客が要求するので、名人は勝敗を度外視して、観客サービスのために一球を放った。強打者もショウマンシップ、豪快にブーンと強振、ずっこけて転ぶ。観客は喜んで双方に盛大に拍手を送った。今はフオークボールが全盛。ナックルは、熟練とコントロール求められる割に有効度が低いので、今はだれも投げない。
余談はさておいて、カワセミの体型は色彩の割には不恰好、頭でっかちで、鳥類の持つ流線形にはおよそ縁遠くすっきりしない。飛び方も不器用である。だが、水面下の魚を求めてダビングする姿は鮮やか、電光石火である。家内と二人で、湿原の沼の柳にとまっている姿を、観察していたとき偶然目にした。一閃、青色の飛沫が飛び散ったかと思うと、一瞬のうちに魚を咥えてもとの枝に戻った。くちばしで獲物を振りまわし枝にぶっつけはじめた。巣穴に運ぶための餌さなめしの行為であった。映像でしかお目にかかれない、珍しい光景をじかに目にすることができ、幸運の極みというか感動した。
猛禽類と同じく、ダイビングのスピードで獲物を捉える。飛翔の高度はせいぜい二メーターないし三メーターである。引地川の堤の高さなら、目線の位置から水面に向かって下に焦点を合わせてゆっくり歩く。カワセミは幻想的な鳥であるといったが、見ようとする者には必ず姿を現わしてくれる。風に吹かれて舞うステンドグラスの破片のように、樹木の蔭からひらひらと現れる。
月例のウオークには、コースを鷹匠橋から高名橋にセツトし、ゆっくりウオーキングで、水面から目線をはなさず歩くとよい。四季を問わず明るいうちは目いっぱい働いている。時間制限がないので、出会いの確立は高い。二分一か、いやもっと高い、きっと出会いる。
03・6・18 誌
(注)カワセミの写真は、[そとであそぼう](http://homepage2.nifty.com/takasan_/)管理人・たかさんのご好意によるものです。