300年の時空を超えた
平成・「奥の細道ウォーク」
近藤 源司
        
「月日は百代の過客にして行きかふ年も又旅人なり…」元禄2年いまから遡ること310数年前、俳聖松尾芭蕉は23歳の時 藤堂家の良忠の相手役として仕官していたが良忠が急逝したため藤堂家を致仕(辞職)せざるを得ず俳諧師を目指すことになった。江戸・深川に草庵を構え、たまたまそこに植えた芭蕉の葉がよく繁茂したので、ちなんで自ら「芭蕉」と称したという。
小野小町隊一行
 塩釜神社境内にて
2003年(平成15年)310数年の時空を超えて日本ウォ-キング協会が「平成の奥の細道ウォ-ク」を企画、1年に3大会で約200kmづつ11年かけて終着の伊勢神宮まで歩き通そうというもの。今回はその第9回大会、松島から石巻そして登米から石越までの70kmを3日間でのウォーキングであった。松島といえば言わずと知れた日本三景のひとつ、芭蕉はそのあまりの素晴らしさに「あぁ松島や松島や」としか詠めなかったとか、しかしこれは後世の人の作り話であろう、というのが通説だ。大小の島々が夕陽に煌めく波のなかで思い思いに点在しているさまは、まさに絶景!

  「松島の雄島の夕陽秋の潮」 
  「島々の浮かぶ松島秋気澄む」
  「松島や浦に漂ふ浮寝鳥」
われわれウォーカーは日ごろからどちらかというと安宿を探し泊る。上等な部屋でおいしいものを食するのが目的ではなく、ひたすら歩くことが目的であるからだ。とは申せ今回の宿はひどかった。粗末な部屋は仕方がないにしても8畳に6〜7人も詰め込まれ布団を敷いたら畳が見えなくなった。おまけに風呂は男女兼用でひとつのみ、しかも一回に4人しか入れない。トイレも2ヶ所しかなくさすがのウォーカーたちもブーイング。なんとか眠りについたが早朝5時には目を覚まし近くの北上川まで散歩。
              「ありあけの北上川や鴨来る」
小1時間歩きもどると宿の籬に白い可憐な花が揺れていた。
                  
「秋冷や宿の籬に小花揺れ」
翌日、旧水沢県庁前を8:00スタ−ト、登米から石の森章太郎記念館などを巡りながら20kmの道のりを歩いた。道すがら数週間前まではさぞや見事に咲いていたであろう萩が枯れていた。
              「みちのくの萩の盛りに間に合わず」

3日間で70km、無事に歩いてくれたわが両足に感謝!歩くことで体を鍛え、歩きながら俳句を作って脳が活性化する。体にも頭にもそして心にも最高のウォーキング!みなさんも始めてみませんか。(完)