連載

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足元を見つめながら(気分は)「上を向いて歩こう」 −
黒江 輝雄
  もともと人間という動物は、二本足で立って生活を始めるようになってから前に進むように進化はしてきましたが、後ろにあとずさりするという機能は退化したようです。
だから、とっさの時に身をかわすためには、身体を左右に動かします。
よっぽどのときでないと、後退はしません。
後ろ向きで進めと云われても、おそらく10メートルも真っ直ぐには行けないでしょう。
何故かといえば、後ろには目がないからです。
人間様には車のようにバックミラーがありません。
前進にしろ後進するにしろ、犬や猫のような四つ足動物の方が人間の動作よりはるかに俊敏です。

 歩き方にも意外な盲点があります。
それは足元の小石につまずいたり、木の根っこにひっかかって転んだり、平地の一見何の障害物もなさそうなところで滑ったりします。
人間の心に油断ができるからです。
道なき道を踏み分けて山歩きをするときには、階段代わりの木の根っこに注意しながら一歩一歩進んで行きます。
そんな時には意外と事故は起きないものです。「油断大敵」です。

 例会に参加するために集まって来た方々の表情は、これから完歩をめざして頑張ろうという意気込みに満ち溢れています。
明るい胸中が読み取れる顔つきです。

悩み事をかかえていては、なかなか歩き方には参加できないものです。
まさか、つぎのようなことを考えながら歩いている人はいないはずです。
・ ・・「今月のローンの支払をどうしようか」とか、
「今晩のおかずは刺身にしようか、それともさんまの塩焼きがいいかしら」などといった類です。
 歩き方は、もともと陽気で明るいものだと思います。
音楽でいうと、行進曲やテンポがよく歯切れのよい曲が性にあっています。
水前寺清子の“三百六十五歩のマーチ”などは、聞いていても身体が思わず自然に前へ乗り出して歩き出しそうになります。
 そこへいくと、物陰にたたずんで思い悩むようなエレジー調の演歌は歩き方には不向きです。

 坂本 九の“上を向いて歩こう”は、星空の夜の一人歩きを歌った曲ですが、自分が歩く足元には充分注意しながら、気分は“上を向いて歩こう”の精神でこれからも例会に参加しようと思っています。    
                              以上