紀行

健康ご利益めぐり-13 墨田区−2


平野 武宏

墨田区の隅田川沿いの健康ご利益です。浅草線本所吾妻橋駅からスタート。ここは隅田川七福神めぐりやお花見で賑わうところです。東京スカイツリーがランドマークとなり、ご利益は探しやすいです。
最寄駅は代表例です。寄り道の価格は訪問時のものです。

[墨田区-2]
 
[諸病平癒]牛嶋神社 撫で牛  向島1-4-5 
                 最寄駅 浅草線 本所吾妻橋駅

 社殿   撫で牛

隅田公園の中にある貞観2年(860年)慈覚大師円仁が勧請と言われる本所の総鎮守。
社殿の右側にある「撫で牛」はまず自分の体の患部を擦り、牛の像の同じ部分を撫でると病気が治るとされています。
「牛」の文字が付く神社名にちなんで文政8年(1825年)頃に奉納されたと伝わり、体だけでなく「心の病」にも効果ありと、「心身共にご利益がある撫で牛」です。多くの人に撫でられ、黒光りしていました。
子供が生まれると奉納した、よだれかけを子供にかけると健康に育つと言われています。神社の左右には狛犬ではなく「撫で牛」が一対祀られていました。
大江山の酒呑童子を退治した源頼光には牛御前という弟がいましたが、乱暴者で父に疎まれ東国に追われ、隅田川で落命。彼のたたりで長雨を降らせ困らせた時、その霊を慰めたのが牛嶋神社と伝わります。隅田公園・墨堤は江戸時代からの桜の名所です。
墨堤は八代将軍吉宗が享保2年(1717年)堤防保護と風流を考えて植えたのが始まりです。
さらに村民や地元の文化人により植桜され、見事な桜並木になりました。

[咳]弘福寺 咳の爺婆 向島5-3-2 
       最寄駅 東武スカイツリーライン とうきょうスカイツリー駅




写真上は山門、右は翁媼損堂です。

牛嶋神社から歩くとある、延宝6年(1673年)創建の黄檗宗(おうばくしゅう)の禅寺で、境内の翁媼損という本堂右手にあるお堂に祀られている石像です。
爺と婆の神様が二体並んで祀られていますが、風邪除けの神様と言われ、特に婆神の方が咳を止め、爺神の方は口内炎や扁桃腺などの口の中の病を取り除くと言われています。この爺婆の石像は寛永年間(1624〜1643年)に風外禅師と言う僧が両親に親孝行できなかったことを悔やみ、修行して相州(神奈川県)真鶴で石像を彫って祀り、朝晩に供養したと言います。

写真上は堂内の爺婆像の拡大写真

禅師が亡くなってから石像は小田原を経由して江戸に運ばれ、庶民の間で有名になりました。禅師の親孝行の心が石像に吹き込んだのか、口中の病のある者が爺像に祈願し、咳きの止まらない者が婆像に祈願した所、不思議に全快したという話が伝わり、咳きの爺婆と言われるようになったという事です。一時は爺と婆の仲が悪いとかで別々の所に祀られたこともあったそうですが、効き目の方は今も落ちていないようで多くの参拝者が訪れご利益を受けています。願いが叶うと、煎り豆や番茶を供えるとも伝わっています。隅田川七福神の布袋様も祀られています。
 (寅さん歩 その4-2大江戸 福めぐり参照)

[腹痛] 長命寺 長命水の井   向島5-4-4 
                最寄駅 東武スカイツリーライン 京成曳舟駅


向島の花街の面影が残る見番通りを進むと長命寺です。
創建は不詳です。三代将軍徳川家光が鷹狩に来て腹痛を起こし、この井戸の水を飲んだら治ったとの伝えがあります。今は井戸の石組み(写真上右)だけが残っていました。隅田川七福神の弁財天です。

   
[寄り道] 向島の甘味処 言問団子  向島5-5-22 9:00〜18:00 火休


長命寺の先の向島名物 言問い団子で一休みです。
店のしおりには「江戸後期、向島で植木屋を営んでいた外山佐吉は文人墨客に手製の団子を振舞う「植佐」という団子屋を開くと花見客や渡船客の間でも人気となりました。
明治元年 長命寺に逗留していた歌人の花城翁より在原業平が詠んだ歌

      名にしおはゞ いざ言問はん 都鳥
          我が思ふ人 ありやなしやと


にちなんだ命名の勧めを受けた佐吉は「言問団子」と名付け、業平神社を建て、都鳥が飛び交うこの地を「言問ヶ岡」と呼んだとのこと」と記載色鮮やかな三色のお団子(600円)とお茶を美味しくいただきました。
(もう一つの名物長命寺さくら餅は休み・混雑でまだ食べる機会がありません)

[こぼれ話] 墨田公園少年野球場

言問団子のお店の隣にありました。説明板によると「この少年野球場は昭和24年(1949年)戦後の荒廃した時代に“少年に明日への希望”をスローガンとして、有志や子供たちの荒地整備による汗の結晶として誕生した日本で最初の少年野球場です。
以来多くの少年球児がこの球場から巣立っていったが、なかでも日本が誇る世界のホームラン王 巨人軍王貞治氏もこの球場から育ったひとりです」と記載。このような場所が語り伝えられていることは大変良いことだと、うなずきながら説明板を読む寅次郎でした。

    
[頭から上の病] 正福寺 首塚地蔵 墨田2-6-20   
                   最寄駅 東武スカイツリーライン 鐘ヶ淵駅

墨堤通りの右側を歩き、隅田川神社参道入口(バス停 水神)を右に降りると真言宗智山派のお寺があり、首塚地蔵尊は山門の外、左側にありました。




写真上が本堂、右は首塚地蔵です。
説明板によると「天保4年(1833年)洪水の危険を防ぐため隅田川橋場付近の川俊工事の際に多くの頭蓋骨が発掘された。
関係者は当山第16世住僧にお願いし、ここに合葬、碑を建て「首塚」と言ったと伝えられる。首から上の病に効験ありと記載

次回は港区のご利益めぐりです。

平野 寅次郎 拝