紀行

江戸・東京の祭-11
     (江戸らしい祭-4)

平野 武宏

              年末の風物詩の江戸らしい祭はまだありました。


[歳の市 羽子板市] 浅草寺

     最寄駅 浅草駅


「ほうずき市」と並ぶ浅草の名物です。
12月17日~19日開催。「歳の市」とは今年最後の神社仏閣の縁日で江戸では浅草「納めの観音」が最も古く万治元年(1659年)頃からと言われています。
日常生活用品の他に新年を迎える正月用品が主となり、押し絵羽子板の華やかさが人目を引くようになり、「市」の主要商品となり、いつの日か「羽子板市」と言われるようになったそうです。


浅草寺観音堂に向かって左の五重塔前に縁起物の出店54店が並び、羽子板の店は29店ありました。


歌舞伎役者やその年の話題になった人の顔をあしらった装飾用の押し絵羽子板がずらりと並んでいます。江戸時代の女性たちは贔屓の役者の羽子板を競って求めたそうです。


羽子板はその羽根が害虫を食べるトンボに似ていることから「悪い虫がつかない」・「マメに暮らせる」・「災厄をはねのける」などの意味があり、正月に女の子が誕生した家庭に縁起物として贈られたそうです。
             
   写真上左は観音堂内に展示の日本最大の十尺大羽子板
   写真上右は羽子板に混じり売られていた凧の店

 [関のボロ市]

 最寄駅 西武新宿線 武蔵関駅

駅北口を出ると本立寺の門前までお店が立ち並んでいましたが、ほとんどが食べ物のお店でした。山門前の説明板には「本立寺は日蓮宗のお寺で開祖は日誉上人。毎年12月9日お会式が行われ、10日にかけて門前に暮の市が立ちます。昔は農具や呉服、古着などを売る店が多く、「関のボロ市」と呼ばれ、近郷近在の方に親しまれてきました。今も昔の面影を残しながら暮の行事としてにぎわいます」と記載。9日は上人の命日でお会式は 江戸時代末期から始まり、練馬の無形文化財です。写真下は本立寺です。寅次郎は12月10日に訪れました。


写真下は境内左側にあった数少ない食べ物以外のお店。


[世田谷ボロ市]

    最寄駅 世田谷線 上町駅/世田谷駅

12月15・16日1月15・16日に開催。
寅次郎、名前は知っていましたが訪問は初めてです。
世田谷は戦国時代には小田原北条氏と江戸を結ぶ重要地点として栄えましたが、北条氏滅亡で衰退、活発な商業の証であった楽市(天正6年 1578年始まり)も農民主体の農具市へと姿を変えました。野良着の繕いや補強用にボロ布が売れたことからこの名がついたそうです。
近年は古布や農具等ボロ市本来の品物は減り、骨董品、古道具、玩具、日用雑貨、植木等を売るお店が、代官屋敷のあるボロ市通りに約700店立ち並びます。とにかく所狭しに、いろいろの物が売られていました。
映画「男はつらいよ」の寅さんのかばん?(写真下右)もありました。名物と言われる「代官餅」は並ぶ列に驚き、敬遠した寅次郎です。






 寅さん歩 その8-1東京発祥之地めぐり(産業・商業1-1)を参照ください。

 
[元禄祭 吉良祭]

   最寄り駅 JR両国駅

両国を歩いていて祭りのポスターを見つけました。
吉良祭はご存知、忠臣蔵で赤穂浪士に討たれるお方の祭りです。
これは是非行こうと寅次郎、12月13日本所松坂町の吉良邸跡に乗り込みました。

広大な吉良邸跡の一部の本所松坂町公園のまわりは露店やテントの店が並んでいます。
テントの店には赤穂浪士の名ののぼりもありました。
半纏を着た係の人に聞くと、悪者になっている吉良上野介と主君のために戦った吉良家臣をかわいそうだと地元の人たちが供養するのが「吉良祭」、討ち入りの14日午前に赤穂浪士を供養する慰霊祭「義士祭」と合わせて「元禄市」とのこと。


吉良邸跡手前の露店


吉良邸跡


吉良上野介像

吉良家臣の供養碑
 墓前には普段は置いていない、たくさんの供物がお供えされていました。

 
[義士祭]

      京浜急行 泉岳寺駅



12月14日には泉岳寺に駆けつけました。
幾度かウォーキング例会で立ち寄った所ですが、好天と日曜日が重なり、ものすごい人並みとお線香の煙でした。
お墓参りの列に70分並ぶ。おかげで帰り間際には赤穂浪士の行列を見ることが出来ました。本所松坂町からではなく築地の中央区役所から歩いて来たとのことです。
参拝者には高齢者・中年夫妻・姫路から墓参に来たという若い女性と赤穂浪士のファンの層の厚さを感じた寅次郎でした。




泉岳寺入口

本堂前



お線香の煙の中の浪士達の墓

墓前には白菊があり 



大石内蔵助(左)と大石主悦(右)の墓(右隣は十三回忌碑)


大石内蔵助・主悦を先頭に赤穂浪士の隊列

 [光りの祭典 六本木・表参道] 

 平成26年(2014年)の締めくくりの祭は青色LEDの普及ですっかり華やかになり、行われる光の祭典です。


六本木ヒルズけやき坂(奥に東京タワー)


六本木ミッドタウン


六本木ミッドタウン


    表参道ヒルズ


早寝・早起きで夜のお出かけが少ない寅次郎ですが、東京都WAで都心のイルミネーションを眺める例会が12月14日にあり参加しました。
六本木ではあられ・雪が舞いました。最初はすごい演出だと感激しましたが、あられ・雪は本物で、あわてて傘を買いましたが、すぐに止んでしまいました。

 [こぼれ話]寅次郎の情報収集
    
愛読者から「寅さん歩のテーマやネタの情報収集はどのようにしているのか?」との質問がありました。
     
「寅さん歩」の誕生は平成24年(2012年)に東京に移住した寅次郎、初めての土地を歩いていると道には多くの未知の情報が落ちていたことが始まりでした。かって「グラウンドや土俵の上にはお金が沢山落ちている」とその道を極めた方々が言っていましたが、まさにその通りです。でも寅次郎が拾った情報はお金にはなりませんが・・・
道端にあった発祥の地の看板から「東京発祥之地めぐり」が始まり、訪れた神社の富士塚を見て「東京の富士塚めぐり」、訪れた寺社の健康ご利益に興味を持ち「健康ご利益めぐり」、お神輿に出会い「江戸・東京の祭」と続いています。

情報収集は常に好奇心・興味心を持って、アンテナを張り巡らしていると入手できます。新聞やニュースの他、街中の看板・チラシ・ポスター等や各区役所や観光協会・交通機関の駅には多くの情報が宝の山にようにあります。情報を入手したらスケジュールの調整、コース調べです。これがまた楽しく、初めての所はワクワク・ドキドキの気持ちで出かけます。現地・現物を見て、また新しい情報を得ることが出来ます。カメラとメモは必携、「記録は熱いうちに文字に残しておく」を励行しています。好きなことや楽しいことは苦にならず健康にも良いようです。

外に出て好奇心を持ち、美しいものを美しいと感じる心を忘れずに、遊び心を失わないことが元気の素です。

次回は江戸らしいの祭-5です。


   平野 寅次郎 拝