誹風病多留(せんりうやまひのあれこれ)

米長 修

 江戸時代の川柳句集、誹風柳多留(はいふうやなぎだる)を仲間と一緒に二十年以上研究したことがありました。その最中胃がんになり長期入院したのですが、退屈しのぎに療養生活を川柳に詠んで小冊子にまとめ、研究仲間に配りました。その一部をご紹介します。駄句ばかりですが、一昔前のがん手術の入院生活に興味のある方は御笑覧下さい。
米長 修
【序】胃がんなる病を得て手術、静養の日を送ること二か月余、つれづれなるままに目に映るよしなしごとを十七文字にしたためて駄句の山を築き、記念に川柳集を編することとす。捨つるは惜しく残さむも恥ずかしき鶏肋の内より、ひとつ拾いふたつ採りあぐも見るべきは五句僅か、佳句てはならじと捨つる中より再びかき集め、題して曰く
 誹風病多留(せんりうやまひのあれこれ) 
    昭和五十六年 四十二歳春 

入院するや手術前後の心得を読み聞かさる。患者には刑場に於ける牧師の説教の如し。
 心得を聞けど患者は上の空 
 判ったと聞かれ患者は我に返り
 
手術の前日剃毛なる術をほどこさる。乳より太もも迄生ぶ毛残さず剃り落とすなり。個室にてうら若き看護婦これを行う。何やらトルコ風呂めきたり。
 つい癖で泡を塗られて勇み立ち 
 外科は羨ましいわと内科言ひ 

さて丸坊主の姿をつくづく眺むるに、
 無くなってはじめて髭の威厳しれ 
 毛をとって見れば意外に小さいなり 
 なにそんなものよと女房驚かず

いよいよ手術。丁字帯に浴衣を着て移動ベットに乗せられ、血圧を測り、予備注射を打たれ、付き添いの激励の声に送られつつ手術室に運ばるるなり。
 本当に痛くないかと念を押し
 大丈夫怖くないよと頬をつり
 さあ手術付き添いのほうが青くなり

手術が済むと主治医より付き添いに説明あり。
 見ますかと主治医付き添い招き入れ 
 ここにほら潰瘍がと医者開けて見せ 
 切り取った腑に異状なく仰天し 

手術後回復室なるところに一昼夜安置さる。夜中も看護婦がテレビにて監視す。
 大あくびしいしい同じシーンを見 
 動きゃ気がまぎれるのにと目をこすり

回復室から出ると個室暮らし。食事は点滴、用便はしびんなり。点滴は一回一時間半を要す。安静の刺激にはなれど、退屈の倍加せること渇して海水を飲むがごとし。
 半分を過ぎて点滴手間が取れ 
 初小便はらわたにしむその痛さ 
 付き添いはつまんで入れておかしがり  
 見世物じゃない笑うなと尿瓶とり 

手術はガスを以て終了す。二日後よりまだかまだかと屁の催促なり。
 屁が出たで医師看護婦がおめでとう 
 病院の不思議みんなで屁を祝い

大部屋に移るや面白き世界有り。 
 すっぽんの様に離さぬ話好き 
 憎まれは夜中に寝言大いびき
 
 シーツ替え廊下集団見合いなり 
楽しみは食事なり。家庭では作れませんと膳配りと病院は自慢しつれど不味きことこの上なし。 
 薬餌だとみれば病食珍味なり 
 味覚より知覚で作る料理なり
 
剃毛し、術後は優しく肩を抱いてかかえ起こしてくれたる看護婦の、回復後はいとつれなく、むさき看護士に世話を任せ、手ひとつ握らざるこそいぶかしけれ。
 快方に向へば鼻もひっかけず 
 点滴の切れ目が縁の切れ目なり 
   
               【了】

(米長修さん 会員 No.444 2000年1月入会)