大山街道シリーズ@
柏尾通り大山道
2008年
9月20日(土

天気:晴れ 参加者:198名 距離:10km 24km
コース矢部東公園→不動坂大山道入口→中川地区センター→泉区総合庁舎前(10kmコースゴール)
→長後市民センター(昼食)→御所見市民センター→富士ゼロックス前→門沢橋駅

大山道の入り口 前不動の立派な道標 阿久和川沿い キバナコスモス
いずに中央地蔵が原公園を行く 長後市民センターで昼食、立派な桜の木の下で
長後市民センターに集められた供養塔 真直ぐな整備中の道をひたすら行く
御所見中交差点でコースリーダの池内さん
この庚申塔は赤穂浪士が討入りした年(元禄15年(1702))に建立と記されていると説明。
柏尾通り(男坂)の上を新幹線(用田)が丁度通過


江戸時代に大いに賑わった「大山詣」の大山街道シリーズを6回に分け、第一弾は戸塚からの柏尾通り大山道を歩くウオークである。
台風13号で例会が危ぶまれたが、当日は雨風もなく意外と静かな朝をむかえた。台風で早々と諦めた人もいたと思いますが、戸塚駅近くの矢部東公園に200人弱の皆さんが集合した。
9時15分に24kmコースが先に出発(このあと10kmコースが出発)して、柏尾川の吉田大橋を渡る。ここは安藤広重の東海道五十三次錦絵「戸塚」の場所といわれている。今は比べもなく、ただ立看板に説明あるのみである。

旧東海道を通り、不動坂交差点を渡り、左に曲がると柏尾通り大山道の入り口で、大山前不動のお堂がある。ここに「従是大山道」と印された立派な道標あった。JR跨線橋を渡り、阿久和川沿いを歩く、前日の台風からの雨で茶色に濁り、流れも早い。青空公園でトイレ休憩、24kmコースは男が多く男性トイレに長い列ができる。
さらに川沿い進み、やがて左折すると、永明寺別院の正面に池内コースリーダがいて、大山道の道標(庚申塔)を示してくれている。ここから静かな住宅地に入り、中川地区センターで小休止。日差しが強く、蒸し暑くみなさんは汗びっしょりである。
大山街道シリーズのコースリーダ池内さん

国際親善病院前を左に曲がり、坂道を上がると大山が正面に見えてきた。畑道を少し行くと、和泉小学校入り口交差点に出る。ここにも庚申塔があり、大山道であることがわかる。長後街道に出て、和泉総合庁舎前を行き、いずみ中央地蔵が原公園で小休止。10kmコースはここがゴールで昼食後解散となる。
24kmコースはさらに長後街道を進み境川を渡り、町田街道に出て左折して、小田急長後駅近くの地下道を通り、長後市民センターに12時10分到着、ここで待ちかねた昼食をとる。曇ってきたがとにかく蒸し暑く、風もない。このセンターには供養塔群が置かれ、その中に大山道の道標もあり、どの場所にあったのかわからないそうだ。

12時45分にセンターを出発、伊勢原線に出て、引地川をわたり、途中から整備中のまっすぐな道路を、雲に覆われ始めた大山に向かって、ただひたすら歩く。厭きてきたころ御所身中交差点で、またもや池内リーダが庚申塔の前で、赤穂浪士が討入りした年(元禄15年(1702))に立てたと印されていると説明、300年前にできた思えないほどしっかりしている。まもなく御所見市民センターに着く、ここでトイレ休憩、一息つく。
さらに伊勢原線を行き、男坂に大山道の案内板があった。新幹線を潜り、目久尻川を渡って左折すると、池内リーダが道標(左大山道)を示してくれる。富士ゼロックス工場を左に行ったところに、供養塔があり、大山道の道標もある。

JR相模線の踏切をわたり、、門沢橋近くゴールの第一児童公園に15時に到着、蒸し暑い中、長い距離を歩いたため、みなさんの顔には疲れの色が濃い。
大山道の道標を探して歩いたが、現代の道は昔に比べもなく、苦しいウオークとなったが、少しは昔の旅人に思いを馳せることが出来たでしょうか。ほんとうにお疲れ様でした。(I・K)