ウオークメイト
江ノ電沿線の景観
2010年
12月16日(木

天気:曇り 参加者:98名 距離:10km
コース片瀬江ノ島駅→片瀬東浜(出発式)→境川河口→腰越商店街→龍口寺→山本公園→境川右岸遊歩道→鵠沼松岡→桜小路公園→天理教神奈川分教会(元秩父宮別荘・昼食)→秩父宮体育館(江尻さんのウォーキング教室・解散)

江ノ島をバックに出発式 東浜からの江ノ島、富士は見えず
龍口寺 白百合学園の冠木門と紅葉
山本公園 境川とボート
松並木がある松が岡住宅地 住宅地を走る江ノ電
桜小路公園(蓮池) 天理教教会の紅葉

写真:八柳
 今年、掉尾を飾るウォークメイト・ふじさわの景観を歩くは、片瀬の景観3カ所、鵠沼の景観4ヵ所、計7ヵ所を廻るという欲張った企画であった。
日中最高気温が8度までしか上がらず、真冬並みの寒い一日であったが、100名近い参加者は全員無事にメイトの歩き納をしました。

遅れて来た人もあって10時25分片瀬東浜出発。「境川河口から龍口寺の仏舎利塔・両岸に係留されたボート」(片瀬景観10)であったが、仏舎利塔はマンション群に阻まれて見られなかった。
一周りする形で再び、東浜に出て134号線を東へ。出来るだけ鎌倉寄りまで歩き「江ノ島と富士山」(片瀬景観2)を見せようとのリーダーの意図も生憎のお天気では富士山は見られなかった。
江ノ電の通る腰越商店街を「龍口寺」へ。五重塔、鐘楼、日蓮の土牢・仏舎利塔などの見どころ(片瀬景観8)もあるが、時間の関係もあり本堂自由参拝のみ。
途中、モノレール目白下を経て、白百合学園の冠木門とモミジは見事、学校関係者となって対入りたいものだ。

境川に架かる山本橋を渡り山本公園へ。小休止。園内に片瀬海岸2丁目の約3万坪の開発は山本庄太郎によって開発されたという碑文があった。山本橋の袂にある和風の片瀬ヨゼフカトリック教会はもともと、庄太郎の次男、新次郎が聖堂として建てたものという。

11時35分出発、境川の右岸の散策路を上流へと向かう。「歩道と松とボート」(鵠沼景観8)である。普段ならばウォーカーや、ジョギングをする人と出会うのだが、寒さのせいか少なかった。
ポンプ場のある辺りから、鵠沼松が岡の「松並木の続く住宅地」(鵠沼景観1)に入る。明治22年、別荘地として開発される前は荒漠たる砂丘、江ノ電の開通とともに本格的に開発されたという。鵠沼の象徴ともいうべき松の木も、ミニ開発によって、近年少なくなって来ているが、保存・再生しようという住民活動も盛んな地域でもあるという。

松が岡の住宅地から鵠沼駅へ出て、住宅地の中を走る江ノ電に沿って歩く。(鵠沼景観4)柳小路駅の少し手前から、江ノ電と別れて、藤ヶ谷の住宅地を通り、桜小路公園、通称蓮池(鵠沼景観10)へ。鵠沼の地名の由来ともなったと言われる「沼」が七つあったそうだが、現在は2つ残すのみとなった。休日はカワセミの姿を求めてやって来るカメラマンが多いという。

12時35分、休憩地となる天理教教会に到着。元秩父宮の別荘と聞き納得する。門から神殿へと続く石段脇の紅葉は素晴らしかった。
中野代表から、秩父宮別荘の経緯について説明があった。「宮殿下が肺結核静養の地を探しておられた。和光堂という製薬会社の社長の別荘に白矢が当り譲渡された。一階にはダンスホールや五衛門風呂もあったという。当時の別荘はすでにないが、ほぼ同じ間取りの別荘が再建築されたが公開はされていない。
昭和28年1月、宮殿下が逝去された後、妃殿下は藤沢市に買取を打診されたが、財政難で成立せず、その後、天理教が買取り、45年に神殿を造営したものである」とのこと。みなさん、興味深く耳を傾けておられたようだ。広いお庭で遅い昼食を摂り、13時15分、秩父宮体育館へ向かい、そこで、江尻さんのウォーキング教室があり、14時過ぎ解散、ウォークメイトは納となった。(Y・Y)