ウオークメイト(歩友会)藤沢市後援
善行の景観・引地川周辺
2013年
01月21日月)

天気:晴 参加者:92名 距離:10km
コース:善行駅→善行公園集合(景観―1)→体育センター横→立石2丁目交差点→横須賀水道みち(景観―3)→善行の坂(景観10)→小田急ガード下→スーパーフジ前→荏原横→大庭神社(景観―9)→引地川親水公園(ウォーキング教室・昼食)→大庭遊水地→千石田→大庭大橋からの眺望(景観―8)→石名坂広場(解散)→藤沢本町 
集合場所の善行公園へ、はやくも坂 善行公園からの富士 微かに見ゆる
県体育センター前  真直ぐ続く横須賀水道みち
ランドマーク東京ガス球形タンク 稲荷の森にある大庭神社
引地川親水公園でのウォーキング教室 大庭遊水地木道
大庭大橋中央から望む旧大庭御厨展望 石名坂広場で解散

写真:八柳

 昨日は大寒であったが、今日は風がなかったせいか余り寒く感ぜられず、好天に恵まれ終日快適なウォークであったかと思います。
集合場所は善行駅から500m余りの高台にある善行公園。公園前の道路に西北側に善行寺というお寺があり、善行の地名の起こりとなったとの市の案内板があったがご覧になられたでしょうか。
この公園から望む富士山は善行の景観―1であるが、高層建築物が立ち並び、霞んだ空から富士山の頭が微かに観られにすぎなかった。小田急線トンネル上の道、県体育センターの横を通って467号線へ。立石2丁目交差点を左に曲がると、横須賀水道みち(景観―3)である。このみちは、旧海軍が明治45年(1912)から大正10年(1921)までかけて戦艦の飲料水補給のため、愛川町半原から横須賀市逸見まで53キロにわたって、ほぼ直線に導水管を敷設したものである。別名、水道道路、海軍道路と呼ばれている。海軍の「海」とか横須賀の「Y」と刻まれた石柱が建ちチーフリーダーが案内していた。
道を上って下り切った所を左折、小川の土橋の脇から水道管が見られた。小田急線ガード下を通り再び善行駅周辺へ。

善行坂という地名もあるほど、なるほど坂の多い街である。善行は坂が多い街ということで、景観パンフレットにある写真は特定の場所の景観を指すものではないという。
富士スーパーの先、右に曲がり荏原製作所の敷地に沿って歩く。荏原製作所の敷地にはかつて藤沢飛行場があったというだけあって広大な敷地である。
大きな東京ガスの球形制圧タンクが見え、その先の小道を下ると大庭神社(景観―9)であった。延喜式(927年)にも記載されている古い神社であるが、意外にひっそりと佇んでいた。お参りする人、素通りする人、急な石段を下ると引地川親水公園であった。11時30分、昼食には少し早いのか、先にウォーキング教室(江尻講師)、芝生の乾いた所でそれぞれ昼食をとった。

12時30分、4人の完歩者の表彰を終え、午後の部スタート。天神橋を渡り、大庭遊水地の木道を歩く。季節には噛みつき亀が出るのとの注意の札があった。
大庭大橋からは、以前は大庭千石と言われた稲どころの田園風景を一望した。整った田圃は昭和32年に耕地整理されたからで、今では藤沢では少なくなった水田地帯である。大庭大橋の中央から立ち止まって一望する。河畔一帯は中世、鎌倉権五郎景政が開発した私領を伊勢神宮に寄進した荘園「大庭御厨」と言われた田園(景観―8)であるとの説明があった。引地川右岸は改修工事中で、パンフレットの写真とは多少違っていた。橋を渡った所が卸売市場、荏原製作所工場脇を通り、最終処分場跡の石名坂広場で解散式、藤沢本町駅まで案内があり、無事終了した。(八柳修之)