寄り道・道草16

片瀬山公園

 湘南モノレール目白山下駅から1分の所に片瀬山公園がある。
5月30日のミステリーウオークでは、ここで休憩しましたが、ほとんどの人は、「こんな所にこんなよい公園があるとは知りませんでした」ということでした。

 この公園は、藤沢市と鎌倉市との境にある丘陵の南端にあり、タブやスタジイなどの樹林が鬱蒼と茂っていました。桜に木もあって隠れたるお花見スッポトです。
市の公園課の資料によると面積は28,700uとかなり広く、将来は3倍の95,000uまで拡張される計画があるようです。難点はトイレが古くて貧弱なことです。そして、ちょっとした見晴台があれば、相模湾や晴れていれば富士山を眺望できる絶景ポイントなのですが、残念です。
photo3002 駅を下りて公園への緩い坂道を登りつめた所に案内板が立っています。
「この山は、もともと竜口山といい、そのいわれは『天女と五頭竜』という伝説にあります。1400年もの遠い昔に、このあたりを荒らした五つの頭を持った竜がいましたが、江ノ島の弁天様のお陰で改心し、村を守るため山となったのが竜口山です。云々」 600年頃といえば大化の改新の少し前、まさか五頭竜がいた訳ではあるまいに。

 「昭和の初期に『竜口園』という遊園地があり、六階建ての展望台や動物園がありました。云々」そのあとの記述の方がみなさんの興味を惹いたようです。
案内板をご覧になった皆さんの声を収録すると「動物園があったなんて知らなかったなぁ」「ここ目白山とも言っていたなぁ」「昭和30年頃、今の白百合学園のある辺りにゴルフ場のクラブハウスがあった」「そうそう、獅子文六の『大番』のモデルになったギューちゃんの造ったゴルフ場ね」「株屋の小僧から成り上がった相場師、のちに合同証券の社長にまでなった人、佐藤さんとかと言ったかなぁ」
30日は30度を越す気温とあって、みなさん、木陰を求めてのお弁当でした。

 帰宅の途中、図書館へ寄って調べました。
目白山という地名は、大正末期から昭和初期にかけて、この地域が開発されたときに付けられたもので、この付近にメジロがたくさん棲息していたことからそう名ずけられたものでした。それまで辺りにはムジナが棲んでいた所から狢ヶ谷(むじながや)と呼ばれており、また白百合学園のある辺りの山は赤山と呼ばれていたそうです。赤山と呼ばれるようになったのは、昔、津波が片瀬村を襲ったとき、この山の中へ逃れた村人の一人が赤子を産んだことから、この地名が付けられたという。
それから、『竜口園』は昭和3年〜9年まであったこと、常立寺裏手から昇るエレベータがあったこと。 なぜ、 竜口園がなくなったかは判りませんでし
た。

参考引用文献、資料:「藤沢の歴史」 藤沢文庫刊行会、 「藤沢 わがまちのあゆみ」 児玉幸多編、 「歴史を刻む地名 湯山 学」、 「藤沢の地名 小林政夫」     
(5・30   八柳)