寄り道・道草60
ビーチバレー発祥の地  
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完成記念碑
大庭遊水地はYR大庭城址コースの順路にあるから、寄り道シリーズのテーマには当たらないかもしれない。順路では遊水地管理棟を通ることになっており、その一角に長洲一二神奈川県知事の揮毫による完成記念碑が建っている。この種、記念碑には工事に至った経緯など記されているものだが見当たらない。そこで、遊水地建設に至った経緯を調べてみることにした。

この辺り一帯は、58の舟地蔵で述べたように昔から引地川の流れが洪水時に川道から氾濫するいわゆる氾濫原で、しばしば洪水被害を蒙って来た。とくに建設の契機に至った大きな洪水は、昭和51年(1976)9月の集中豪雨であった。この豪雨によって、引地川周辺市街地の浸水面積45ha、353戸が浸水被害を受けた。
さらに流域の都市化に伴いさらに大きな洪水被害を及ぼす恐れがあり、洪水対策として昭和55年(1980)から大庭遊水地の整備に着手し、平成5年(1993)3月に完成したものであった。この結果、平成10年(1998)8月、1時間当たり56mmの降雨があったが、浸水被害は2戸にとどまったという。
遊水地の最大貯留量は約26.5万立方米。 といってもピンと来ない。東京ドームの容量は124万?であるから、その2割程度ということになる。意外に小さいようであるが、遊水地は一時的に流水量を調整するものであるから十分なのであろう。

大庭遊水地は引地川の天神橋から小糸川が引地川に合流する城下橋までの間の右岸から県道43号藤沢厚木線までに及ぶ11.5haの面積である。その約6割がヨシなどが生い茂る湿原で自然保全ふれあい体験ゾーンと呼ばれ、その中を通る木道が整備されている。レクリエーションゾーンはゴルフ場のように芝が整備され、スポーツゾーンもサッカー場として利用されている。(八柳)(出典:国土交通省資料 水害レポート)