紀行文

池 内 淑 皓
 さて、もう一つとっておきのコースを紹介しよう。

バリス地方の小さな村ツエルマット(マターホルンが見える)
グリンデルワルトから電車でシュピーツ(Spiez)に出て、登山電車に乗り換えて今度はツエルマット(Zermatt)迄行く。バリス地方のこの小さな村は、マッターホルンの見える村として良く知られている。

自然環境を保護するために、この村にはガソリン自動車が走っていない。電気自動車と馬車が移動手段の総てとなっている。
そして、昔ながらのねずみ返しのついた干草小屋が点在する、スイスらしいスイスが残っているこの村に数日滞在して、快晴の日を狙ってウオーキング出来れば、生涯の思い出となるに違いない。

まずツエルマット駅前から登山電車に乗り、終点のゴルナグラート駅(Gornergrt)で下車する。この駅は標高3089mもあり夏でも寒い。モンテローザ(4634m)、リスカム(4527m)、カストール(4226m)の山々が目の前に迫り、ゴルナー氷河、グレンツ氷河、ツベリング氷河が
氷河と氷河のせめぎ合い
お互いにせめぎ合う絶景の場所に位置している。
 ウオーキングの出発はここから始まる。登山電車の途中駅にある標高2582mのリフェルベルグ(Riffelberg)まで歩いてみよう。

ツエルマット地方の道標は木製の矢印に、しゃれたドイツ語の飾り文字で表示されている。道は完全に整備されており、防寒具と足ごしらえさえしっかりしていれば、全く心配いらない。コース中には岩稜帯が多くあり、牧草地で草を食む牛の姿は少ない。
 トレイルはゴルナー氷河に沿って緩やかに下る。正面には有名なマターホルン(4478m)がテオドール氷河を従えて厳然と屹立している。
かつては今歩いている足元まで氷河が迫っていたと言う。今では地球温暖化の影響で氷河は、遙か遠くまで後退してしまった。
 小一時間程歩くと、逆さマターホルンで有名なリッフェル湖に着く。団体観光客は途中駅からここまでやってきて記念撮影をしている。湖畔には綿菅が夏の終わりを暗示するように風になびき、透き通った湖水にマターホルンが逆さに映る。どこの旅行会社のパンフレットにも必ず載っている美しい風景に出会う。

綿菅の咲くマッターホルン
 マッターホルン、4000mの山々、氷河、湖、高嶺の花たち、ここにはアルプスの全ての役者達が揃っている。心ゆくまで自然の造形を楽しむ。遙か東洋の島国からはるばる来た甲斐があるというものだ。

 リッフェル湖の喧騒を後にして、おだやかな草原を下る。眼前に聳えていたマッターホルンの姿が、いつしか背後に回るようになると、登山鉄道の駅リッフェルベルグに着く。ここにもりっぱな駅レストランがあるから、仰ぎ見るマターホルンを肴に乾いた喉を潤したい。30分に1本村に帰る電車が走っているから足の心配はない。(終)


(「談話室」にも写真が多数掲載されています。)