紀行文

モンゴルを歩く

(2)

2006年8月5日〜8月19日の記録
池 内 淑 皓
遊牧民のゲルを訪問してみよう
(写真はオボーの周りを3回周り村に入る儀式)
 成田からモンゴルへはミアットモンゴル航空直行便がある。夏季は、朝8時にウランバートルを出発した飛行機は昼の12時30分に成田に着く。折り返し成田発13時30分の便に乗れば、ウランバートルにはまだ日の高い18時40分に着く。夏のモンゴルは21時過ぎまで明るい。
目指すアルハンガイ県チョロート郡ハイルハン(ツェツェルレグから170km西)までは、車で2日かかる。
国道はウランバートルから西へ延びているが、舗装道路はでこぼこでスピードが出せない、従って自然に草原を走る事になる。途中草原の中にあるゲルのホテルで泊まりを重ねて、2日目の昼過ぎハイルハンの村が見えるオーランフトウル峠に到着した。

まず「オボー」に挨拶しなければならない。
家族との対面式を終えてホームステー先のフルダチュル家(以下お父さんと略す)のゲルに入った。この国の習慣では、訪問客には必ず馬乳酒(アイラグ)が振る舞われる。
アルコールの濃度は2〜3%位であるが、ドンブリに一杯なみなみに注がれて出される。これを全部飲めと云う。
少し甘酸い味のする奇妙な飲み物だ。
アイラグは家畜の乳から作るのでカロリーがある、(400kcal/L位)牧民は食べる物がなくなると馬乳酒だけで過ごすと言う。
 アイラグの作り方は、乳をタンクに入れて、古いアイラグを少し入れ、撹拌棒で5,000回/日位かき混ぜて醸す。好気性発酵で酸素が必要、また脂肪球が小さいので脂肪が液面に浮き上がらずうまく発酵し、一週間程で出来上がる。これはどこの家でも必ず作っている。
      
[閑話休題]
オボー」:モンゴル人はオボー(オボ)と云う日本の道祖神のような、強い信仰心を持っている。
父神の天に祈り、母神の大地に拝するオボーの信仰は、天に近くなればなるほど、神様に近い神聖な場所と云う意味が込められていて、小高い山や峠に良く祀られる。上の写真は村の入口オーランフトウル峠で天との交信台の役割を果たす場所だと云う、ここに精霊や土地の守護神が宿る。
 円錐形に石を積み上げ、その上に円錐形に木を組み上げる。その木に「ハダク」と言う青い絹布を縛り付けてはためかせる。青は父なる神聖な天の色で、時として布に経文を印刷する。
 ヒマラヤの国々ではハダクのことを「タルチョ」と云っている。仏の教えがあまねく世界に広まるように、五色のタルチョを聖なる場所や、巨大な岩、峠などあちらこちらに掲げる。風が吹き、旗がはためくたびに、教えが世の中に流布していくのを祈念していると云う。

 
ームステー先の家族:
 お父さん(フルダチュル36才) 
 お母さん(アユンイリテン)、
 長男(バッチュル15才)、
 長女(エルテンチムク)、
 次女(エルテンツツグ)、
 三女(エルテントールデ
)  
フルダチュル家のゲルの内部:

中央の赤い紐で巻いた青いタンクは馬乳酒の発酵タンク
中央に鉄製のストーブ(ゾーホッ)
両脇の黄色い二本の棒はゲルを支える柱(バガナ)
左のベッドは私の寝床
正面奧の綺麗な箱は鏡台と衣装ケース
地べたは半分が土間、半分がビニールシートカバー
唐傘の様な骨は(オニ)と言い、88本で屋根を形作る

  
馬乳酒(アイラグ)をかき混ぜているところ
また、いつでも誰でも飲む物として、ミルクティー(スーティーツアイ)がある。お茶に乳を入れ、岩塩で塩味をつけた飲み物。これはいつでも暖かいポットに入っている。
モンゴルは湿度が低く、仕事していても汗はかかないが、喉がいつも乾く。
 夜になると、夏でも霜が降りる寒さになるから、私を気遣って夜通し薪ストーブを焚いてくれた。
遊牧民のゲルにはトイレがない。草原の中で大も小も用を足す。夜中にトイレに行きたくなると、必ずお父さんを起こして二人でゲルの外に出る。家畜泥棒と狼から家畜を守るために、犬を数匹放し飼いにしてあるからだ。この国には犬を繋ぐと言う習慣がない。咬まれたら大変、病院は40kmも離れている。救急車はないので馬で行くか、車を呼ぶことになる。この村には医者がいない。
朝、ヤギの乳搾りを手伝う。(ツノをおさえ、またがり動かないように抑える)お母さんと長女。牛、馬、ヤクのような大きな家畜の乳搾りは、紐で足を縛る
 牧民の朝は早い。6時にはお母さんが乳搾りに行く。昼間は勝手に放牧しているが、夜は家畜を全部囲いの中に入れる。家畜の管理と泥棒から守る為である。
フルダチュル家には家畜が100頭程いる。(羊、ヤギ、牛、馬、ヤク)一家が世話出来る家畜数は100〜150頭位だと言う。乳の処理量に限界があるからだ。牧民は家畜一頭が他の牧民の家畜に混ざっても区別出来る。家畜全部の数は数えられなくても、“この羊は私の家の羊だ”と確信を持って言えると云う。牧民は家畜の顔全部を覚えているらしい。
朝と夕方20Lずつの乳を搾る。乳はその日のうちに処理する。それが毎日の仕事であり総てなのだ。
お父さんは薪割りと家畜の世話、これは子供も手伝う。そして草の良く繁っている場所に家畜達を連れてゆく。
毎日行っている乳製品の作り方を、いくつか紹介してみよう
 絞った乳は鍋に入れてストーブの上で加熱させる。少し小麦粉を加えかき混ぜる。乳が泡立ってきたら火を止めて放置する。
鍋の表面に薄い黄色の膜が出来る。この膜をナイフできれいに取る。これを「ウルム」と云う。
この黄色いどろどろしたウルムを木箱に入れて放置して少し酸っぱくしたものを「ツオウ」と云う。黄色いウルムを鍋に入れて火に架けると、強い味のするバターの様になる、これを「シャルトス」と云う。これらを食べたり、ローソク代わりに利用する。
ウルムを取った後白い物を布で濾過する          その固形物を更に重しをして水分を抜く 固形物を広げ薄く切って乾かす「ビャスラグ」
ビャスラグに糸を通してゲルの中で乾燥させる アロールを取り出している
 
 乳からウルムを取った残りの乳を布で濾す、濾液をボルソンスーと言う、この液を腐らせて上澄みを捨てて、残った白い物を布袋に入れて板の間に挟み、重しを載せて水分を抜き乾かす。これを「ビャスラグ」と云う。ビャスラグを薄く切って糸を通して乾かした物を「エーデム」(チーズ)と云うこの他、タラグ、アールツ、アーロール(脱脂乳からのチーズ)などがある。(つづく)