紀行

アルジェリア民主人民共和国 七つの世界遺産の旅


小島武夫
    
 今回、北西アフリカで二世紀に最も繁栄した、「アルジェリア」を旅するに当たり、多くの旅仲間に尋ねたところ、回答は「どこにある国」、又は、ああ「ここは地の果てアルジェリア」。「カスバ」のあるところ位の知識を持った人々が多かった。

 日本人にとっては馴染みの薄い国であることが分かった。知識を得ようと文献を探しても殆んど手に入らない。そこで自分の足で現地を見る以外知識を得る手段はないと決断し、世界遺産観光の旅に出た。

 地中海に面したすべての国の内、「アルジェリア」だけが旅をしてないことも旅先に選んだ理由の一つでもある。

 首都アルジェリアは、地中海に面した良港、旧市街「カスバ」の背後の丘陵上には、近代的な都市が建設され、行政、経済の中心地、大学、博物館など文化施設が多い。

 アルジェリアの中心都市で人口約300万人の都市。以下簡単に「七つの世界遺産」を紹介しよう。

ティパサを望む
(1) ティパサ
 紀元前7世紀、地中海交易で栄えた「カルタゴ」が造った衛星都市。現在円形闘技場(直径80m、3000人収容)、神殿、邸宅、浴場、兵舎、バジリカ聖堂、アルジェリア最大のキリスト聖堂などが保存されている。













カスバの街
(2) カスバ
 アラビア語で「城壁で囲まれた地域」という。
街の北側、標高120mの丘の斜面に広がった所、通称「赤ひげ」が海賊行為を繰り返し、奪った身代金でカスバを造ったという。19-20世紀、フランスにより大半が破壊された。












タッシリ・ナジュールは砂漠の中
(3) タッシリ ナジェール
  サハラ砂漠最深部に有る、直径800km、面積8万平方キロメートルの荒涼とした、砂と山岳地帯。現地人トアレグ語で「水流の多い台地」という。1万年前から4,000年前まで、この地は大河と大きな湖を有する湿潤の台地であった。
20世紀初め、岩画が発見された。その数400百点、時代別に区分すると

  1)狩猟民の時代   紀元前8,000年〜4,000年
  2)ウ シの時代    〃  4,000年〜1,500年
  3)ウ マの時代    〃  1,500年〜 200年
  4)ラクダの時代    〃   200年〜紀元前後
 これらの岩画はNHKで放映され有名となる。




ムサブの谷(お墓)
(4) ムサブの谷
 11世紀の初め、ベルベル人の一部族である「ムサブ族」は岩だらけの涸れ谷に5つの街を建設した。彼らはコーランを厳格に解釈し、イスラムの清教徒といわれ迫害を受けたので、信仰の場をこの地に求めてたどり着き、街を要塞都市として建設した。
 街の入り口には禁止事項を示した看板がある。
1) 女性は外出する際、夫の承諾が必要
2) 審判者が監視している
3) 人への撮影禁止
4) たばこ禁止
5) ノースリーブ、半パン禁止






ベニ・ハマットのミナレット(モスク)
(5) ベニ・ハマット
 標高1,090m オウエド・フラッジ盆地にある全長7kmの城壁に囲まれた要塞都市。山間にあるが隊商路にあったため、北アフリカ有数の交易地となった。この地も遊牧民との戦いに敗れ、遺跡として現存するものは、大モスクのミナレット(高さ50m)、エル・バレル宮殿、大プールは全部廃墟となっている。











ジェミラの凱旋門
(6) ジェミラ(美しいという意味)
 標高900mの屋根に造られた都市。約2世紀から5世紀頃建設された街。
現存する博物館、バジリカ聖堂、洗礼堂、劇場、裁判所や多くの神殿、穀物庫、生にえ台、牢獄、カラカラ帝の凱旋門、大浴場等の世界遺産を数多く見ることができる、美しい遺跡群である。











ティム ガットの劇場
(7) ティム ガット
 紀元1世紀、トラヤヌス帝時代に退役軍人のために建設されたローマ植民都市。主要部分が長年砂地に埋もれていたため、保存状態が非常によく「アフリカのボンペイ」と呼ばれている。1881年に発掘されるまで歴史の舞台から姿を消した。それらを現在、多くの遺跡として保存し我々に見せてくれる。又手も触れることもできる。




以上簡単に筆を走らせましたが、興味のある方は是非一見をお薦め致します。