紀行
川澄 武雄 |
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藤沢地名の会に「延喜式内 相模国十三社めぐり」という企画があって参加したことがあった。バスで2日をかけて巡ったもので、そのレポートです。 なにしろ日本の神社の歴史は二千年に及び、神様についての知識など全くない私には、初めにオサライをしておく必要がある。 まず「延喜式」である。 大化の改新(645年)で日本は中国から律令・格式の法制度を導入し朝廷による中央集権国家をめざした。大宝律令など律・令の制定は8世紀初頭で終わるが、その細則である格・式は10世紀まで改正され続け、最後が927年の延喜式である。 したがって現在の神社の式次第なども「延喜式」に拠っている。 「延喜式」巻九・十の神名帳に登載されている神社を式内社とよぶ。(登載されてないのは式外社)式内社は全国で祭神数が3132座ある。うち大社は492座。残りは小社。大社も小社も、ともに中央の神祇官(朝廷)が直接祀る官幣社と、国司が祀る国幣社とにわかれている。相模国の場合は式内社が13座あり、いずれも国幣社である。このうち大社は1社(寒川神社)で、他は小社となっている。 それにしても この数の多さはどうであろう。飛鳥時代から奈良時代の人口は500万人も見ておけば十分だろう。延喜式が編纂された平安中期においても600万人か。 律令国家のネットワークが結構機能しているように見える。さて相模国十三社についてである。 |
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[延喜式内 相模国十三社] (1) 寒川神社 寒川町 (相模一ノ宮) (2) 川匂神社 二宮町 (相模二ノ宮) (3) 比比多神社 伊勢原市 (相模三ノ宮) (4) 前鳥神社 平塚市 (相模四ノ宮) (5) 寒田神社 松田町 (6) 高部屋神社 伊勢原市 (7) 小野神社 厚木市 (8) 阿夫利神社 伊勢原市 (9) 有鹿神社 海老名市 (10)深見神社 大和市 (11)宇都母知神社 藤沢市 (12)大庭神社 藤沢市 (13)石楯尾神社 藤野町・藤沢市? |
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[寒川神社] 寒川町宮山 (相模一ノ宮) |
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創建年代不詳。雄略期に奉幣の記録がある。相模国総鎮守府として古来、士民信仰の中心であった。源頼朝、小田原北条氏武田信玄など武門の崇敬も篤かった。祭神は寒川比古命ほか。「寒」の字義は「清」と同じだそうだ。 http://www.samukawa-jinja.or.jp/top.htm# |
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[川匂(かわわ)神社] 二宮町山西 (相模二ノ宮) |
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創建は大和朝廷の時代、垂仁天皇の勅命で当国鎮護のため創祀したといわれる。 祭神は衣通姫(そとおりひめ)命ほか。宮司の二見氏は四十代目の家系とか。 千年以上である。 |
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[比比多神社] 伊勢原市三ノ宮 (相模三ノ宮) |
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創建は神武天皇6年といわれるから、すでに伝説の中である。祭神は日本武尊ほか。 |
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[前鳥(さきとり)神社] 平塚市四之宮 (相模四ノ宮) |
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ご鎮座1630年の由緒をもつ古社。祭神は応神天皇の皇太子で、学殖の深い人で知られるらしい。したがって学徳の神さま。頼朝公夫人政子から安産祈願で神馬の奉献があったとか。 |
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[寒田神社] 松田町松田惣領 |
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創建は仁徳3年(315)といわれるが、弥生時代後期の祭器が出ているらしい。 鎌倉幕府、江戸幕府からの尊宗が篤いが酒匂川の氾濫(1654)によって、朱印地、本殿などほとんどが流失したという。現在の本殿は慶応4年(1868)に再建。祭神は倭建命(やまとたけるのみこと)。 |
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[高部屋(たかへや)神社] 伊勢原市下糟屋 |
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創建年代不詳。祭神は神倭伊波禮彦命(かむやまといわれひこ)。拝殿は茅葺で古社の趣がいい。 |
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[小野神社] 厚木市小野 |
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創建不詳。祭神は日本武尊。社伝によると716年僧行基が薬師如来像を刻み奉安した。鎌倉幕府の名臣・大江広元が小野の領主で社殿を再興した。広元の四男・大江季光は、中国地方に移り毛利家の祖となった。当地に毛利の地名がある。また平安歌人・小野小町の旧跡があり、伝説が残っている。 |
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[大山阿夫利(あふり)神社] 伊勢原市大山 |
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創建は崇神天皇の時代と伝えられている。源頼朝が特に社領を寄せ、その後足利、上杉、北条、徳川氏らから神領を寄進された。祭神は大山祇大神(おおやまつみのおおかみ)。安政年間に大火により全山被災している。明治元年復興。大山(1253m)にはケーブルがある。 http://www.afuri.or.jp |
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[有鹿(あるか)神社] 海老名市上郷 |
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創建不詳だが相模国最古の神社といわれる。祭神は有鹿大明神。海老名は古来、海老名千石または三千石と言われるほど豊饒な土地で、ながく鎮守社として崇敬されてきた。拝殿天井に豪快な龍の絵が描かれている。 |
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[深見神社] 大和市深見 |
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創建年代不詳。祭神は武甕槌神(たけみかづちのかみ)等。雄略期の創祀と伝えられ、朝野の崇敬が篤い。深見は深海の転で往古はこの地まで海だったようだ。 |
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[宇都母知(うつもち)神社] 藤沢市打戻 |
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創建年代不詳だが雄略3年(466)に官の祭祀があった。古社の趣がある。 祭神は天照大神ほか。 |
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[大庭(おおば)神社] 藤沢市大庭 |
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現在 藤沢市稲荷に大庭神社があるが、実際は同市大庭の熊野神社が当たると考えられている。創建年代不詳。今日の祭神は熊野久須比(くまのくすひ)命。 |
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[石楯尾(いわたてお)神社] 藤沢市鵠沼神明 |
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延喜式内社である石楯尾神社の所在地について諸説がある。有力視されているのは津久井郡藤野町と藤沢市鵠沼神明の二社である。延喜式では石楯尾神社は高座郡六座の一つとある。しかし一般に藤野町は旧愛甲郡とされている。そうであれば鵠沼神明の皇大神宮にも、石楯尾神社の伝承があるので、ここでは藤沢市の方を推挙したい。 |
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