平成・奥の細道ウォ-ク(12)        

高岡-石動-津幡-金沢の巻
長津 豊
第29回 奥の細道

9月15日~17日まで恒例のウオーキングが開催された。今年は例年にない酷暑が続き、大会3日間はいずれも34℃前後と過酷な大会となった。参加者も高齢者の割合が多くなったが、多くの方々が完歩されたことに敬服する。10年目の今回は、富山県から石川県へと走る「北陸道」だ。

9月15日(土) 高岡~石動(いするぎ) 23km
高岡大仏
8:40に高岡駅前を出発し、間もなく「高岡大仏」前を通過。更に1㌔程度で古城公園に到着した。この城址公園は加賀藩2代目藩主・前田利長が居城としたところである。
利長が産業振興のため優れた鋳物師7人を呼び寄せ、手厚い保護をした事が高岡銅器の始まりとなった。この優れた鋳物技術から「高岡大仏」が生まれた。この大仏は奈良、鎌倉と並ぶ日本3大大仏として人々の信仰を集めている。鋳物師の町「金屋町」、商人の町「千本格子」の町並みを過ぎると、北陸道をひたすら西に向かって歩く





埴生護国八幡宮
木曽義仲像

約18㌔程度進んだところに「義仲進軍碑」、そして間もなく小矢部市に入る。残り約5㌔でゴールの石動駅だ。駅前で義仲像が迎えてくれたが、炎天下の歩行でお疲れ様、ゆっくり鑑賞せずのゴールとなってしまった。本日の距離23㌔は長かった。







9月16日(日) 石動~津幡 17km
俱利伽羅古戦場の
「火牛の計」モニュメント
9:00 小矢部市役所前を出発。
約3㌔の「北陸道」を進むと「源平盛衰記」で名高い、「倶利伽羅峠」越えの旧北陸道に入る。峠には猿ケ馬場古戦場跡があり、平家の総帥・平維盛が軍議を開いた所とされている。説明板によると、天正年間に悪猿が出て民家に災害を加えたため、それを退治し、神に祀り祈祷した場所であり、またむかし峠を登った馬が沢山つながれていたところから猿ケ馬場と名づけられたとか。

芭蕉は、その後の義仲を憐れみ「義仲の 寝覚めの山か 月かなし」と詠んだとか、その句碑が頂上にある。峠からは山道の下りで「龍ケ峰城址」を経由し、12㌔地点の道の駅「倶利伽羅源平の郷」まで下り道。ゴールの津幡まで残り5㌔、本日も酷暑でお疲れ様でした。

9月17日(月) 津幡~金沢 21km
8:30津幡中央公園を出発。予報では本日の最高気温35℃とか。地元の協会の皆様の誘導で歩き始めたが、さすがに35℃に恐れたか、マップからは外れた道を案内していただいた。それでも沿道の自販機は売り切れ続出、参加者の嘆き声がそちこちから聞こえた。何とかぶつぶつ言いながらも予定時刻の14:40に金沢駅前にゴールした。