寄り道さん歩

 寅さん歩 その7

江戸五色不動めぐり


平野武宏

寅さん歩 その6で「江戸六地蔵」巡拝を済ませた寅次郎、今度は「江戸五色不動(ごしきふどう)」があって、目白・目黒の地名は「江戸五色不動」と関係があると知り、所在地を頼りに自分の足と目で確かめてきました。
残念ながらほとんどのご不動様の尊顔にはお目にかかれませんでしたが、折角訪れた地の周辺を散歩しました。

江戸とは「入り江の入り口(戸)」に由来するそうです。徳川家康が入府する以前の江戸は江戸城の間際まで入江が食い込んでおり、湿地や沼地が広がる寒村だったそうです。
天正18年(1590年)豊臣秀吉の命で関東に国替えされた家康は江戸城を居城と定め、運河の掘削・神田山の開削による日比谷入り江の埋め立てなど急ピッチで都市開発を進め、幕府開府以降は諸大名を動員した大規模の都市開発で万冶3年(1660年)4代将軍 家綱の時代に完成を見ています。

東洋では王都をつくるとき、陽明学(風水)の思想をとりいれて「四神相応」の土地を選ぶそうで、京都に倣い江戸開府に当たり家康もこの思想を意識したと言われています。
「東に青龍が宿る川」=隅田川、「南に朱雀が宿る海や平野など肥沃の土地」=江戸湊(東京湾)、「西に白虎が宿る大道」=東海道、「北に玄武が宿る山」=神田山(駿河台)
更に風水的な観点で言うと、忌むべき方角とされる鬼門(北東)の上野に寛永寺が、裏鬼門に当たる芝には増上寺が配置され、どちらも徳川家の菩提寺として祀られたそうです。
また寛永年間(1624~1643年)の中頃3代将軍 家光が寛永寺創建で知られる天海僧正の具申(江戸鎮護に配置)により、五色不動として江戸府内の名のある不動尊を指定し、「五色不動」として天下泰平を祈願したとのことです。

この五色不動の位置を線で結んだ内側を江戸の内と呼びました。
しかし、明治以降の廃寺や統合等で不動明王が移動し、現存の場所は当時と異なったところもあります。
また五色不動には諸説があり、江戸時代の史実には目黒・目白・目赤の三不動の他はなかったとする歴史家もあり、また明治・大正以降には複数の目黄不動が名乗り出ています。
不動明王とは本来インドの神様で大日如来の命を受けて悪を懲らしめる使者だそうです。そのため外面的には剣を持ち、怒りに燃えた形相をしていますが、内面的には慈悲の心で民衆を救ってくれると信じられて「お不動さん」の愛称で親しまれました。
また五色とは密教の五行思想に由来し、宇宙のすべての現象「地・水・火・風・空」の五つからなるとする宇宙観を表現したもの、あるいは「東(青)・西(白)・南(赤)・北(黒)・中央(黄)」の五行にちなむとも言われています。
 

目黒不動 瀧泉寺(りゅうせんじ)
目黒区下目黒3-20-26 最寄駅 東急目黒線 不動前駅

JR目黒駅から歩きました。行人坂を下り、坂の途中にある大円寺(石仏群)やその先の五百羅漢寺(黒光りして話しかけてくるような羅漢さん達に圧倒された)へ立ち寄り、不動への参道を歩くと立派な仁王門が見えてきます。
大同3年(808年)慈覚大師円仁が開祖したといわれる天台宗の寺院。

3代将軍 家光の厚い保護を受け、江戸近郊の人気参詣の行楽場所です。江戸後期には「富くじ」が盛んで湯島天神・谷中感応寺とともに「江戸三富」と称されました。
本堂(写真上)の裏にある大日如来像(左写真)へのお参りも忘れずに。
境内にはさつまいもを普及させた青木昆陽の墓などがあります。
 周辺には蛸の絵が壁に描かれている蛸薬師如来成就院、石仏の安養院、お酉さまで賑わう大鳥神社などがあります。お寺巡りに疲れたら都立林試の森公園(りんしのもりこうえん)で森林浴もよいです。林業試験場時代からの貴重な樹木があります。

目白不動 金乗院(こんじょういん)
豊島区高田2-12-39 最寄駅 都電荒川線学習院下駅 鬼子母神前駅

JR目白駅から学習院大学脇の目白通りを歩き、下を都電荒川線が走る千登世橋の先の坂を右に下りました。電柱にも案内表示があり、たどり着けました。
金乗院は通称で正式には慈眼寺という真言宗の寺院。本尊は聖観音菩薩で、不動明王像は新長谷寺(文京区関口二丁目)にあったものを遷座したとのことです。
3代将軍 家光から「目白不動」の称号を贈られた新長谷寺には時の鐘が配置され、参詣道の坂を「目白坂」その周辺を「目白台」と呼びました。
昭和20年(1945年)戦災で新長谷寺は焼失、ご本尊は近くのここ金乗院に移りました。目白不動明王像は通常と異なり、自ら断ち切った左腕より火焔を吹き出す姿をしており、特別の強い力があるとされていて、それにちなんで切り落とした腕をかたどったお守りがあります。

金乗院墓地には槍術の達人で幕府転覆を図ったとして鈴ヶ森で処刑された丸橋忠弥の墓(写真下左)や日本の図書館の始祖の青柳文蔵の墓があります。
脇の宿坂(雑司ヶ谷道)を上ると目白通りに出て、雑司ヶ谷鬼子母神(写真下右)の表参道入口です。
又、金乗院近くの神田川沿いはの名所で、江戸川橋方面に歩くと芭蕉庵(松尾芭蕉は神田上水の工事に従事)・新江戸川公園椿山荘の庭園が楽しめます。

目赤不動 南谷寺(なんこくじ) 
文京区本駒込1-20-20 最寄駅 東京メトロ南北線 本駒込駅

               
 JR駒込駅から本郷通り(将軍の日光御成街道)を本郷方面に向かって道路の右側を歩くと、名勝の六義園があります。さらに歩いて行くと道路の反対側にある吉祥寺を過ぎたら右側にあります。通り過ぎないように。
   三重県赤目山で授かった不動明王が本尊で、もともと「赤目不動」と呼ばれ、千駄木の不動坂にありましたが、3代将軍家光が鷹狩の途中に立ち寄り、目黒・目白にならって「目赤不動(めあかふどう)」と改名するよう命じ、現在の土地を拝領したと伝承されています。
本郷通りを進むと東京大学赤門から本郷三丁目に行きますが、東京大学手前を左折して下ると根津神社(甲府宰相 徳川綱重の下屋敷)に行けます。重文の社殿・楼門とつつじのお寺として有名です。(写真下左右)  またこの界隈には文豪・文化人の足跡・史跡が随所にあり楽しめます。


目青不動 教学院(きょうがくいん) 
世田谷区太子堂4-15-5 最寄駅 田園都市線・世田谷線 三軒茶屋駅

駅前のキャロットビル26階展望台からの眺望を楽しんで、世田谷線三軒茶屋駅踏切を横切ると線路に沿った右手すぐに目青不動(めあおふどう)教学院参道があります。世田谷線は寅次郎の街を走る都電荒川線より少し都会風で2両連結の複線でした。

教学院は通称で正式には最勝寺という寛永寺の末寺のひとつで天台宗の寺院。
本尊の阿弥陀如来像は恵心僧都と作と伝えられています。

慶長9年(1604年)玄応和尚の開基により江戸城 紅葉山に建てられたとのこと。数度の移転を経て青山皆実町に広大な寺領を所持、明治8年(1875年)には境内地の一角に「幼童学校」を創立(今の青山南小学校の前身)。
当初、不動明王は港区麻布谷町(現在の六本)勧行寺にあったが、廃寺で明治15年(1882年)青山南町の教学院に遷座しました。
その後太政官通達で寺院自体が現在地に移ったとのこと。「縁結びのお不動様」と親しまれ、その由来は天地を結ぶ雲が青色であるため、いつしかそう呼ばれるようになったそうです。周辺には吉田松陰や長州の志士が眠る松陰神社(写真下左)、安政の大獄で吉田松陰を捕らえた大老 井伊直弼の墓があり招き猫(写真下右)で有名な豪徳寺、江戸中期以来の世田谷代官屋敷(写真下中央)など見所がたくさんありました。

目黄不動(めきふどう)
目黄不動については諸説があるようで、明治末期の時点で次の二つとされているそうです。管理者である双方の教育委員会は譲らないようで、いずれもここが目黄不動との案内板を建てていました。

目黄不動 最勝寺(さいしょうじ)   
江戸川区平井1-25-32 最寄駅 JR総武線 平井駅


平井駅南口から商店街通りを直進、区民館バス停先を斜め左に入り小松川区民館信号を左折、小松川幼稚園前を右折するとお寺が並びます。一番奥の仁王門(写真上左)があるお寺で、すぐ先は荒川の土手です。

天台宗の寺院で名僧良弁の作と言われる不動明王像はもともと本所表町 (東駒形)の東栄寺の本尊として祀られ、3代将軍 家光より「目黄不動」の称号を賜ったと伝わっています。明治初期の東栄寺の廃寺で同町内の最勝寺に移され、大正2年(1913年)駒形橋の架橋工事による区画整理で最勝寺とともに現在地に移転したそうです。

すぐ近くの荒川の土手から平井大橋や東京スカイツリーを眺めた後は平井駅に戻り、錦糸町駅や両国駅での途中下車がお勧めです。
寅次郎は錦糸町駅で降りて両国駅までお散歩しました。4月下旬に行われる両国にぎわい祭りでは国技館の無料開放や相撲部屋のちゃんこ(500円)が食べられます。

目黄不動 永久寺(えいきゅうじ)  
台東区三ノ輪2-14-5 最寄駅 東京メトロ日比谷線 三ノ輪駅

三ノ輪駅東口を出ると左手すぐにひっそりとありました。
天台宗の寺院で慈覚大師作の不動明王像を安置しているそうです。永久寺の目黄不動にはネズミがすくんだというエピソードが残り、鼠不動の俗称もあります。
永久寺の名前は江戸時代後期に獄史として首切り役人の山野嘉右衛門永久にちなんだとのこと。その怨霊供養で寺院を再建し門前地を寄進したことから名づけられました。

参拝後は3つのコースがあります。


コース1.近くの都電荒川線の終点三ノ輪橋駅周辺はジョフル三ノ輪商店街(写真下左)周辺の寺社を巡り、帰りは都電荒川線の旅を楽しむ。

コース2.土手通りを東京スカイツリーに向かって歩いて、浅草寺へ行き浅草界隈を楽しむ。

コース3.土手通りの途中から隅田川に出て桜橋から向島・東京スカイツリーへ。名物のさくら餅や言問団子を楽しむ。帰りは浅草にも立寄り出来ます。

平野 寅次郎 拝