紀行

寅さん歩 その9

東京の富士塚めぐりー9


平野 武宏

東京の富士塚めぐりのアンカーは江戸川区です。
都内23区で最多の富士塚16基が残されていました。
江戸川区郷土資料館に立ち寄った際に理由を問い合わせると、「富士講が多かったこと、川が多くあり舟運を利用して富士山の溶岩(ボク石)が運び易かったこと、戦災の被害が少なかったこと等が考えられる」との返事でした。
江戸川区は区登録文化財の富士塚10基を「○○の富士」と呼んでいました。江戸川区役所に行き、大きな区の地図を入手し、区内に点在する富士塚の巡るコースを考えました。
江戸川区は旧中川(水門で荒川に合流)、荒川、中川(荒川に併行、船堀あたりで荒川に合流)、新中川(瑞穂大橋で旧江戸川に合流)、江戸川(江戸川大橋の先で江戸川と旧江戸川に分岐)が縦(南)に流れて東京湾に注ぐ細長い地形です。
川沿いの地域ごとに富士塚を訪れてみました。

(高さは伝えられている高さ、最寄り駅は代表例です)
[江戸川区]

 まずは墨田区・江東区と接している旧中川と荒川の間の平井地域です。

逆井(さかさい)の富士  浅間神社  平井3-1-18 
               最寄駅 JR平井駅
駅南口から商店街へ、二つ目の信号を右折、小松第二中学校の先にありました。後ろは旧中川、向こう岸はお隣の江東区のマンション群。
富士塚そのものが浅間神社で旧逆井村の人々が現在でもその維持に当たっているそうです。7月1日に祭礼を行うとのこと。
説明板には「築造年代は不明ですが、当山再築小松川村と記した明治17年(1884年)の碑がありますので、区内最古の築造です。高さ約5m、区内最大のもので登山道は床の正面に直線で設けられ石段(写真上左)になっています。
頂上の部分(写真上右)は玉垣で方形に取り囲み石祠を祀っています。
地元丸岩講の他、小松川山元講や平井丸富講の碑もあります。石積型の大型のもので、倒壊防止のため昭和30年代にコンクリートで覆いました」と記載。寅次郎も石段を登り、頂上へ行きました。

平井の富士 諏訪神社内 平井6-17-36  最寄駅 JR平井駅

駅北口から東京スカイツリーを正面に見ながら蔵前橋通りを横切ると、右側に諏訪神社(写真上左)の案内看板がありました。
境内の説明板には「富士塚は大正9年(1920年)頃、旧下平井村の丸星講の人たちにより造られました。登山道は二つに分かれ、一本は頂上に(写真上右)、もう一本は中腹の小御嶽神社に通じています(写真下左)高さは約1.5m」と記載。寅次郎、両方の道を歩きました。

安養寺(あんようじ)の富士 安養寺内  平井6-53-1 
                最寄駅 JR平井駅

諏訪神社から蔵前橋通りに戻り、平井小学校方面に左折、小学校の先を右側に入ると真言宗豊山派のお寺 安養寺がありました。
門を入ると左側に弁天堂があります。説明板には「上野不忍池のほとりに住んでいた商人の夢枕に弁天様が立ち、平井の地に弁天様を祀れとのお告げで明治17・18年頃に建立した」と記載。
次の門を入ると、正面に本堂、左側に富士塚がありました。
説明板には「富士塚頂上(浅間神社)の碑は文政13年(1830年)と刻まれており、その頃の造立と推定されるとのこと。
又明治17年(1884年)頃、境内の弁天池を拡張した時に土を盛り上げたと伝えられています。昭和35年(1960年)頃まで毎年7月1日の山開きに白い装束の富士講の人々が参集していました。高さは約5m。昭和60年には塚の一部を改造して弘法大師を石造に納めました」と記載。富士塚の裏には幼稚園がありました。
帰りに弁天堂前にあった「ボケ防止観音」にしっかりと、お参りした寅次郎でした。(もう手遅れとは影の声・・)
本堂 弁天堂(周りに空堀あり)
富士塚入口(施錠中)
塚の脇(胎内部分)に弘法大師
ボケ防止観音

次は荒川・中川(併行して流れ、間の上を高速中央環状線が通る)と新中川との間の江戸川区中央部の富士塚を紹介します。範囲が広いのでまずは都営新宿線 船堀駅周辺です。


   
白髭神社の富士塚 白髭神社内 東小松川3-7-20 
          最寄駅 都営新宿線 船堀駅からバス利用
バス停「小松川小学校」で降り、少し戻り小学校正門わきを中川に向かう、その先は住宅の間の細い道を行くので出会う人に聞いた方が良いです。
白髭神社(写真下左)には旧東小松村飛地(現中川水路)の鎮守 浮州浅間神社が合祀されているとのこと。創建は不詳だが、区内では屈指の古社と伝えられ、三代将軍徳川家光から御朱印六万石を与えられた由緒ある神社とのこと。
史跡説明板には「浮州はわずかな寄洲で、貝採りの舟が潮待ちをしていると浅間様のお札が流れ着いた。そこで漁師が砂をかき寄せ、そこにお札を納めた置いたところ、いつしか浮州となり、やがて浅間神社が建てられるようになった」とあります。
富士塚(写真下右)の高さは約1m。説明板はありませんでした。

船堀の富士 日枝神社内 船堀6-7-23 最寄駅 都営新宿線 船堀駅

駅から船堀スポーツ公園を目指して歩くと、公園の先に日枝神社がありました。神社の狛犬の台座にも溶岩が使われていました(写真下)社殿左奥にある富士塚の登山道は「く」の字型に作られており、鳩が登り降りしていました。寅次郎も登拝しました。
旧船堀村の登山講の人たちが明治25年(1892年)に築いたとのこと。高さは約2m。
社殿と狛犬(台座は溶岩)
富士塚 奥宮

次回は江戸川区の中央部 葛西周辺の富士塚を巡ります。

平野 寅次郎 拝