前日は横浜に初雪が降ったという。しかし一夜で天気が回復して、集合時間の9時ごろは
暖かい日差しがあった。今回はウォークメイトにしては珍しく横浜を歩く。横浜スタジアム横の
横浜公園がスタート、日本大通りから横浜のシンボル 横浜三塔をめぐり赤レンガ倉庫、山下公園を経由して港の見える丘公園でゴール。あとは山手西洋館のクリスマスめぐりを自由にして頂こうというコースである。スタッフと合わせて70人の参加者があった。
9:30に1班が出発した。日本大通りを10人余で歩いた。この通りは日本最初の西洋式街路で明治3年(1870)に完成、県庁などがある。イチョウ並木にはまだ黄色い葉が残っていて美しい。
さて横浜三塔、神奈川県庁舎(キング)、横浜税関(クイーン)、横浜市開港記念館(ジャック)とそれぞれ別称をもって親しまれているが、いずれも関東大震災(大正13年)で焼失し、昭和に入って再建されたものである。現在キングは外壁と屋根を、ジャックも内部で工事中である。
県庁前交差点にいると2班がやってきた。開港記念館(ジャック)はやはりカッコいい!国の重文に指定されている。来年の「三塔の日(3月10日)」のイベント開催は工事で難しいかもしれない。海岸通り 横浜税関(クイーン)の横を通って赤レンガ倉庫方面へ。3班の皆さんを待って倉庫とマルシェの間を進み、赤レンガパークに出る。その先端に三塔が全て見えるビューポイントがある。振り返ると海上保安庁の真白な巡視船の船体が青空の下で光っていた。
山下公園に出た。芝生広場に白いシートが一面に張られている。冬芝の種をまいて養生中とか。小鳥たちが所在なげにシートの上を歩いている。気温が上がってきて暑くなってきた。バラ園の向こうにスマートな氷川丸が見える。名残のバラの花が多く咲いていた。ホテルニューグランド、マリンタワーを過ぎると左手遠くに、ニュースで見た巨大ガンダム像。人形の家のフランス橋を渡ってフランス山に向かう。急勾配の階段が続いて少しきつかった。港の見える丘公園展望台からの眺望がすばらしい。横浜港、山下公園、ランドマークビル、ベイブリッジなど開港以来の歴史を伴って、横浜はとても魅力的な景観都市でもある。大佛次郎記念館あたりで解散とした。
解散場所よりJR石川町駅まで、いくつかの旧山手西洋館のクリスマス風景を楽しもう!というのが田所チーフの狙いである。これら西洋館は大正時代後半から昭和初期に建てられたものが多い。それぞれに緑豊かな庭をもち建物の外観と融合している。現在は全て横浜市が所管している。邸内はクリスマスの飾りつけや、数人分のテーブルウェアなどがセッティングされていた。残念ながら、写真撮影はどこもできない。
[横浜市イギリス館]
昭和12(1937)年に英国総領事公邸として建築された建物。
[山手234番館]
昭和2(1927)年に建築。外国人向けの共同住宅である。
山手本通りを進むと元町公園にでた。陽だまりのベンチで多くのウォーカーが弁当を広げて談笑していた。
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設計はA.レーモンド。日本の建築界に大きな影響を与え「近代建築の父」と呼ばれているらしい。フランク・ロイド・ライトのもとで、帝国ホテルの建築に貢献した。他に聖路加病院、旧藤沢カントリークラブ倶楽部ハウス(現グリーンハウス)など。 |
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昭和5(1930)年にJ.H.モーガンの設計により建築。スペイン風のスタイルを基調としたもので、現存する山手外国人住宅の中では最大規模らしい。丸ビルや日本郵船ビルなど大規模ビルの建築にかかわった。またモーガンは藤沢市にゆかりがある人で大鋸の私邸「モーガン邸」に住まいした。 |
[外交官の家]
明治43(1910)年に明治政府の外交官・内田定槌邸として米国人J.M.ガーディナーが設計。
渋谷区南平台に建てられたが平成9年に当地へ移築された。国の重要文化財に指定。
(全く余談だが、明治政府で外相として活躍した陸奥宗光の大磯別邸・聴漁荘が、
大隈重信の別荘と共に最近大磯で公開されている。内部の公開は少し先になるらしいが。)
山手本通りを歩いて西洋人は高台に住むのが好きだな、とあらためて思った。根岸に横浜競馬場(JHモーガン設計)ができ、元町通りが商店街として開けた。さらに後年になって華僑が中国人のために中華街を開いた。また山手本通りではフェリス女学院や横浜雙葉学園など名門学園の前を通った。どちらも設立には多くの外国人がかかわっている。横浜開港以来、外国人が果たした貢献や、エネルギーの大きさをあらためて認識した例会であった。
写真の最後にFWAの会員 田村心一さんの写真を挙げた。古い会員には懐かしい人である。会報「湘南ウォーカー」にも依頼に応えて多くの原稿を出してもらって私には有難い人である。長く 河口湖畔に住んでいたが、体調に変化があったか2年ほど前、コロナの前に横浜に戻ってこられ た。この日は横浜の例会なので受付時に顔を出してくれて再会でき嬉しかった。
(川澄 武雄)
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