ゆっくりウォーク 今回は<湘南の歴史街道を行く④京・鎌倉往還>である。辻堂地区を東に
抜けて引地川まで南進する鎌倉道を歩き(Sコース)、鵠沼からは境川に沿って片瀬江ノ島駅
まで江ノ島みちを歩く(Lコース)である。
JR辻堂駅北口の神台公園 8:30の受付開始ごろは150人ほどのウォーカーが集まっていた。
チーフリーダーが県から「熱中症警戒アラート」が出たので、できるだけ6kmにするように呼びかけられた。皆さんは消毒・検温をすませて自由歩行で出発した。
テラスモールの西側に沿って進み辻堂駅西口から海側に出る。辻堂の街に入ると、左側すぐに
[京鎌倉往還①]の案内板が立っている。今回のウォークは、この案内板に沿って辻堂を歩く。案内板①を進むと桜花園通りと交差し、角が辻堂市民図書館(1993年開館)である。まだ開館時間前で静かな風景。海浜公園通りに出る。西側の角に茅葺きの屋根をもつ邸宅が旧福岡家住宅である。ウォークメイトで参観をお願いしているが、この2年間のコロナ禍で残念ながら実現していない。昨夏に茅が葺き替えられたときは、本当にきれいな黄金色の屋根だった。この時間で早くも気温が上がって来たのか、手に持ったカメラが猛烈に熱くなってきたので、慌ててケースに戻した。
昭和通りを渡ると“鎌倉道”も細い田舎道になる。三つ又から道幅が広がるが、この通りが旧辻堂村のメインストリート!諏訪神社や宝泉寺を中心に、このあたりの旧家のたたずまいは本当に凄いと思う。それぞれのお屋敷の敷地が広く、庭の手入れが行き届いている。立派な蔵をもって、祖先以来の屋敷をよく護っておられるのが気持ち良い。3年前の夏に他界された地域の長老・山田榮さんからも色々と辻堂の昔話を聞いた。辻堂に移住して来て50年近くになるが、この辺りは昔の村風景が残っていて、懐かしく感じられてうれしい。
湘南新道(戸塚~茅ヶ崎線)を渡る。このバイパスは箱根駅伝のコースでもある。引地川まで緩やかな一本道の下り坂。官道と言っても鎌倉時代なら、あたりは一面砂丘が広がっていて、松林が点在していたくらいだろう。参考までだがおよその辻堂の住人は江戸中期(元禄頃)で130戸、明治初期で180戸だったらしい。水保ちの悪い土地で田圃が少なく、半農半漁の生活が続いたが、その後関東大震災(震源が鎌倉沖40㎞)でほぼ農家は全壊している。 (この辺りから先は、鵠沼の湿地帯で“鎌倉道”の跡は不明)
太平橋で立哨の広瀬さんとしばし休息。多くの人が引地川緑道の木陰で給水した。太平橋では引地川の川風が涼しくとても気持ち良かった。県道を渡り少し進むと豪農・浅場家のお屋敷に出る。「相模国準四国八十八箇所めぐり」の浅場さん。小田急線の手前に本真寺があって、ここがS・Lコースの分岐点。境内でウォーカーの休息や、トイレ使用のご了解を頂いている。手水台付近でミストがあって灼熱地獄に佛!でご配慮が有難かった。藤棚の下でしばらく休憩させて頂いた。10時過ぎ、ショートの本鵠沼駅にゴールした。(川澄
武雄)
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