寄り道・道草83
湘南桜並木

 八柳 修之

 私の散歩道、境川右岸、奥田橋〜新川名橋〜大道橋間に約600mの桜並木がある。昭和60年(1985)3月、藤沢湘南ライオンズクラブによって植栽されたものである。奥田橋の上流50m位の所に「湘南桜並木」の記念碑がある。スタートは奥田橋。しばしばウォーキングの例会の出発地となる奥田公園がある。

 桜道の起点(終点)は奥田橋。時折、ゆりかもめが集団で飛来してくる。パンくずをやっている人がいるからだ。また、ボラがジャンピングする姿、釣りをする人も見かける。何が釣れるか尋ねたらウナギだという。近藤牛乳からの排水が雑魚を呼ぶからという。

奥田橋から境川右岸上流を望む         奥田橋脇から桜並木が始まる
 

湘南桜並木記念プレート               朝鮮人帰国記念碑  
 


 桜並木は歩道と分離され一段と高くなった散歩道である。普段は散歩する老人が通るか、ワンちゃんを散歩させている人しか通らない道だが、花見時になると宴会するグループで賑わう。上流方向に歩いて行くと、道路側、奥田公園に繋がる児童公園があり元気に子供たちが遊具で遊んでいる。気をつけて見ないと見過ごしてしまうが腰の高さほどの御影石の記念碑がある。

 刻まれている文字は消えかかっているが、「藤沢市朝鮮人帰国記念碑」と読める。この記念碑は1960年1月、藤沢市在日朝鮮人連合会の人達が帰国記念として建てたものである。忘れかけていたが、1950年代から1984年にかけて行われた在日朝鮮人とその家族による日本から北朝鮮への集団的な永住帰国があった。地上の楽園と宣伝され約9万人もの人が帰国したという。その結果、帰国した人々は最下層民として位置づけられ悲惨な生活を送くることとなった。この碑を建てた人々は二度と日本に帰ることはできなかった。帰国事業の片棒を担いだ政府、大手新聞社の罪は重い。

 

 新川名橋近くに境川 海から4q 海抜6.8q」の表示板が立っている。やがて境川と柏尾川の合流点、新川名橋に至る。新とつくから旧はどこにあるか。川名橋はJR鎌倉道から柏尾川に渡る地点にある。

 新川名橋の架橋は比較的新しい。新川名橋は南藤沢の東電前を始点とし手広を経由し鎌倉長谷2丁目交差点に至る県道藤沢鎌倉32号線(全長6q)が1967年(昭和42)に開通した際,架橋された橋である。橋の下には餌をやる人がいるので、いつもソウギョが群がっている。中に大きな赤い鯉が一匹いる。昨年秋、上流の大道橋から柏尾川との合流点までの浚渫工事が終了した。以前、合流点にアオサギが一羽いたが、工事でどこかへ行ってしまった。 橋と並行して水道管が横断する。
 
斜め下の写真は新川名橋から見た右柏尾川、左境川の合流点。

 橋を渡らずに32号線を横断する。桜道は続くがグリーンベルトは無くなり砂利道となる。

 しばらく進み大道橋との中間点あたり、藤沢ホテルの横に「何種類の鳥 見つけられますか?という案内板が立っている。いつ誰が建てたのかは分からない。

さすがカワセミは見たことはない。

 カワウ
 セキレイ           ユリカモメ
 カワセミ
 カワラヒウ
 ヒメアマツバメ
 アオサギ
 ツグミ
 カルガモ
 コサギ
 ハクセキレイ
 イソヒヨドリ




 


東奥田公園にも桜の木があることを思い出し、藤沢ホテルの角を曲がって寄って見た。保育園の子供たちが元気に遊んでいた。元気をもらって再び川岸に戻り、桜を眺め大道橋に出て約600mの桜道は終わった。ここから先はJR東海道線が通り先には進めない。突きあたり左に曲がり、商店街(日の出通り)を通り藤沢駅南口に向かう。 ベローチェで一休みするのもよいが、Every days Low PriceのOKストアで買い物をして帰宅するのもよいでしょう。(完)


              なお、桜の写真は2022年に撮影したものです。