県外会員便り

八葉の芙蓉峰 (1)

田村 心一
(山梨県富士河口湖町在住)

 恋の中山(こいのなかやま)や四季鳴山(しきなりやま)そして時不知山(ときしらぬやま)などの山名を、富士山だと即答できる人はごく少数ではないか。以前、不二山や不尽山など、富士山を別の文字で表したものをご紹介したが、これらは当時の首都所在地である関西地方にまで広く知られていたそうだ。

 さらに様々な呼び名があって蓬莱山とか竹取山、他にも芙蓉嶺とか八葉山などと数多く、一説には150を超える異名があるといわれている。これほど多くの名前を持つ山は世界に例を見ない。このように古人は数多くの呼び方で富士山を敬愛し、尊崇して信仰の対象とした。

 富士山はその姿の美しさから、蓮の花に見立てられて芙蓉峰とも呼ばれていた。芙蓉とは蓮の花の別名で有り、美人を指す言葉でもある。蓮はスイレン科ハス属の多年草で16弁の花を咲かせる。8弁ではないのに、なぜ八葉と呼ばれたのだろうか?八葉とは「八葉蓮華」のことをいい、仏様がお座りの台座(蓮華座という)にあるハスの花弁の数詞である。

 泥水の中から清らかな花を咲かせる蓮は、人間世界(穢土)での悟りを表す花と位置付けられ、極楽浄土の高貴な花として仏教を象徴する花なのである。各地寺院の池などで、蓮を見かけることが多いのはここにルーツがある。ハスの花が咲くためには泥沼が必要なのである。

 最高峰 剣ヶ峰から時計回りに、白山岳、久須志岳、成就岳と続き、伊豆岳、朝日岳、浅間岳、駒ヶ岳、そして三島岳の順に全9峰が山頂火口の周囲を一周する。峰とか岳とは呼ぶものの、いずれも小さな岩峰であり、見方数え方によっては5峰にも10峰にもなってしまう。「その峰の数は定かならず」と記された古文書は数多く見られる。しかし剣ヶ峰を除いた8峰、いや八葉は蓮華座なのだ。山頂は八でなければならないし、葉なのである。数詞として「葉」を使う(使える?)山は富士山の他には無いのである。

 山頂火口一周、2.5km弱の距離にある峰々を一巡する道はお鉢めぐりと呼ばれる。これは山頂八葉を修行巡礼するお八葉巡りから出た言葉で、のちに火口の形が擂鉢に例えられてお鉢めぐりへと変化したもの。また剣ヶ峰はその険しさから八葉仏界に対比した地獄界とされて、お鉢巡りからは除外されたものと考えられている。