惜別

    河原農さんを偲んで


ありがとう 河原農さん

露木 照久
 スタッフ仲間の河原農(ゆたか)さんが5月16日に亡くなられました。奥様から悲報を受けたときは、呆然として声も出ませんでした。河原さんは昨秋11月下旬に急性心筋梗塞に襲われ、藤沢市民病院に緊急入院されました。コロナ禍のもとでご家族とも面会ができない中でも徐々に体調を回復され、2月末頃には地元の「湘南大庭病院」に転院された。4月に奥様に電話した時は少し回復してきたとのことだったのでホッとしていた矢先のことでした。

久米島で 楽しい仲間と
(中央 背の高い人が河原さん)
 河原さんは遠藤にお住まいで私の家からも近く、親しくお付き合いしてきました。私が定年退職しFWAに入会した2004年(平成16年)には、すでにスタッフ・理事として活躍されていて、彼からはウォーキングについていろいろと親切に教えてもらいました。「全国47都道府県にもウォーキング大会があるので参加したらいいよ」と助言され、それから私の全国行脚が始まりました。河原さんとも熊本、鳥取、久米島などいくつかのウォークに参加し、その頃の河原さんの元気な姿が懐かしく思い出されます。


 平野会長時代 河原さんは副会長の一人として、スタッフの指導・育成にあたった。またウォークメイト(WM)の立ち上げを提案し実現させました。後年WMは地域や行政と協働して、ウォーキングの普及に貢献した。そして「ふじさわ歩友会」へと発展し、第4ブロック(辻堂・明治・大庭・遠藤地区)で彼は私たちのリーダーだった。

 河原さんは長身で体格も立派、いかにも丈夫そうで頼もしく見えました。性格は穏やかで、口数は比較的少なく、ぶっきらぼうだったが話しかけると話が弾み、時々はがまんできずに大声でどなる愉快なオジサンだった。多くのウォーカーの皆さんや、スタッフ仲間からずい分と愛された人でした。

 ありがとう 河原農さん! これからも一緒に湘南を歩こう! ご冥福をお祈りします。


忘れえぬ歩友に
福井 正彦
 コロナがなければ、まだまだ元気に歩き酒を飲んでいただろうに!また一人、大事な友が話もせず逝ってしまった。河原さんは小生より3年程あとにFWAに入会し、間もなくスタッフになった。小生とは気が合いFWA・KWAの例会、イヤーラウンド(YR)ウォークなどよく一緒に歩いた。そしてウォークメイト(WM)は平成17年2月に彼が提案してできた初心者向けのウォークで、今でも多くのファンが参加している。WMは(歩きたいが誰かと一緒に歩きたい。新しい知り合いができないか。YRコースを一人で歩くのは不安だ)など、いろいろな不安を持つウォーキング初心者の要望に応えたものだった。

 JMLでは30大会以上、彼と一緒に歩いた。特に印象に残っている大会は、久留米つつじマーチで、3回位一緒に参加した。大会の前日関門海峡の人道を歩いたこと、山口県と福岡県の県境を何度も往復したのを懐かしく思い出す。他に花巻市 イーハトーブツーデーマーチも思い出深い。彼は移動に新幹線に乗らず、青春18キップで現地に乗り込んだ!藤沢から東京 宇都宮・・快速と普通電車を乗り継ぎ夕方5時頃に花巻に到着した。11時間強の体力勝負だった!大会後のせつかくウォークは、平泉の名所旧跡を歩き新幹線で帰った。海外ウォークは韓国済州島のツーデーマーチ、オランダ ナイメーヘンのフォーデーマーチにも参加したが、この時は主催者都合によって途中で大会が中止となり、2日間ナイメーへン市内の観光旅行に変更、スイスへ渡り山岳鉄道など観光旅行に切り換えて帰国した。

 河原さんとは長く楽しいつきあいで忘れえぬ歩友である。ご冥福を祈る。