紀行

東海自然歩道を歩く(17)

上佐野・思親山・身延線井出駅・真篠・鯨野

 平成28年2月12日 池内淑皓

 2015年(H27年)11月1日(日)晴れ。広々とした佐野清涼荘を独り占めにした朝、佐野川の清流で顔を洗う。調理器具を洗い、部屋を掃除していたら思わぬ時間を取ってしまった、7時30分出発する。
 宿舎真上の道を茶畑に沿い、道標に導かれて回り込むように東海自然歩道に入る。伐採が終わった直後の林道を抜けて佐野峠に出、思親山頂上を踏み身延線の井出駅に向かう。
 富士川を富栄橋で渡り真篠城址を見て、本来は林道を抜けてバス停坂本に出るのであるが、真篠の先は建設中の「中部縦貫高速道路」の工事区間の為全面通行止め、東海自然歩道も消滅した(本文に詳述)。幸い日曜で工事休止のため、私はここを強行突破して坂本に向かった。
 迂回路は富栄橋際の国道(R52)を南下して、南部町役場まえ「道の駅とみさわ」の交差点を右折し向島、矢島、大尻、東市組、から坂本に出るバス道を行く。
 道は坂本からは首なし六地蔵方面へ行くのであるが、また登り返すのが面倒で割愛した。坂本のバス停から舗装道路を向田、鯨野と歩き今宵の旅籠「そば宿福いち」に向かった。

上佐野-佐野峠-身延線井出駅-向田-鯨野 地図

上佐野の集落と茶畑(東海自然歩道から撮影) 清涼荘は赤いトタン屋根、奥の山並みは歩いてきた天子ヶ岳の山々

佐野峠への道は木材の伐採が終わったばかりで、道が木くずで覆われ歩きにくい。
急な石段を登りきれば佐野峠に着く

「佐野峠」 右から富士山、テーブル状の山は天子ヶ岳、中央のくびれは佐野への分岐、左は長者ヶ岳
深い山谷を越えてここまで来た我が足に感謝。

佐野峠から思親山への登山路、出だしはきついがすぐゆるやかな登りとなる、熊の出没に注意が気になる

   
                    「思親山(1030m)頂上にて  
「親を思う山」 元の名は「相の山」村民達の入会地であった。日蓮が身延山を訪れた時、この山の彼方にある
故郷安房方面を眺めて両親は無事だろうかと案じたという。 現在山の名の由来はここから来ている。    

 
頂上から見た富士山、天気が悪くなってきた

八木沢集落への下りは檜、杉林の中を行くので、巡視路の道に迷い込まないように、木に矢印のペンキが丁寧に塗ってある。歩行者も近回りするために道が乱れている。

「八木沢の集落」 佐野から歩いてきて半日、集落が見えると ホッ!とする。深い山に囲まれてひっそりと村は隠れている

「源立寺」曹洞宗のお寺、お参りしようとお賽銭箱を探したら無い、大黒さんに聞いたら、私のお寺ではお賽銭箱は置いていないのですと言われた。集落の住人が少ないので必要ないのかな?
東海自然歩道はお寺の前で直角に左折して八木沢峠に向かう。  (大黒さん=住職の奥さん)

   
源立寺から林道を歩いて40分、身延線の「井出」駅に出る。自然歩道は踏切を渡って富士川沿いに県道を西に向かう。

「富士川」を富栄橋で渡って坂下に出る。
富士川(ふじかわ)は日本三大急流の一つで暴れ川、南アルプスの鋸岳を源流とし、八ヶ岳の水を集めて釜無川とし、竜王で南に曲がって駿河湾に注ぐ全長128kmに及ぶ一級河川。武田信玄の釜無治水対策はあまりにも有名。

            富栄橋を渡って真っ直ぐ国道を横切って真篠に向かう

2015年7月から2017年まで中部縦貫高速道路建設工事で真篠から林道上部まで通行止めとなっており道は消滅している。迂回路は富栄橋から国道R52号線か旧道を通り、南部町役場前「道の駅とみざわ」から右折してバス道を坂本に向かう。 私は真篠城址を見たいので真篠に向かった。

「真篠城址」 石垣と山の中にわずかに遺構が残る、入口の石垣がかつてのお城であった名残を見せてくれる。
東西50m、南北40m規模の城で、むしろ砦であろう。中世武田氏の烽火台であったという、甲斐から駿河に抜ける重要な街道(現国道52号線)が走るから、武田の家臣原大隅守寅吉が守り、真篠勇太夫の居城。天正10年(1582)武田氏滅亡により衰退した。

ここから中部縦貫高速道路建設の工事中で通行止め、この場所にインターチエンジが出来るとの事。
写真で中央奥の青シートのあたりが東海自然歩道だと言う。
真篠の方に訪ねると、左奥の民家で聞くと良いと教えられた。今日は幸い日曜日、工事はしていないので、この工事区間を強行突破して奥の民家に向かった。

最奥の民家の方に道を聞くと自然歩道は途絶えたが、私の敷地内を通り尾根上の東海自然歩道に出る方法がある、との返事を戴き敷地内を通させていただいた。
暗くて切通しとなっており、何となく寂しく薄気味悪い、裏山を抜けると東海自然歩道に出た。逆コースを歩く人のために通行禁止の表示がある。

向田、徳間に向かう道標に出会えれば、あとは車の通る林道となり、坂本の集落は近い。

「バス停坂本交差点」 東海自然歩道の首なし六地蔵方面はここから右折して山道に入り、六地蔵公園を巡り向田集落に降りる。私はまた登るのも面倒だし、時計も3時半近いし、そのまま鯨野に在る今宵の宿に向かう事にした。

今宵の旅籠「そば宿福いち」(0556-66-2988) やれやれ到着。 一泊二食付(6800円)である、食事の準備をしなくて済むのが嬉しい。
(そば宿と云うだけあって御主人手打ちのそばが出る、会津から取り寄せているという新そばは絶品だ)

お風呂に入って驚いた、石造りの立派な温泉。かつては「ませど温泉」と呼ばれていただけあって気持ち良いお風呂だ、朝も入れるから温泉好きの私にとっては格好の宿だ。
重い桧の風呂板を湯につけると「ヒノキチオール」の香りがして、何とも贅沢な気分にさせてくれる。
徳間の宿は民宿「元祖」一軒のみ、この宿個人では泊めない、団体のみ宿泊可能、私が一人宿泊で申し込んだら断られた。

[参考タイムを記す] 上佐野清涼荘(7:30)→佐野峠(9:10/9:20)→思親山(10:10/10:30)→
源立寺(12:15/12:40昼)→JR井出駅(13:20)→富栄橋の中央(13:40)→真篠城址(14:00)
→坂本(15:15)→鯨野(15:40)泊

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2015年11月2日(月) 夜半から雨
朝になっても雨は止まず徳間行きはあきらめて、坂本からバスで役場前に出て、内船行きのバスに乗り換えて身延線に乗り横浜に帰った。 12月に改めて出直すことにする。

この項完

東海自然歩道を歩く(18)鯨野・徳間・奥山温泉・田代峠・寺尾島へ続く