紀行

東海自然歩道を歩く(25)

平松峠-春埜山-新宮池-犬居城跡-秋葉神社下社

 平成28年7月6日 池内淑皓

2016年(H28)5月10日(火)曇り
 今日は平松峠から春埜山大光寺(はるのさんだいこうじ)を経て新宮池に至り、更に犬居城址を訪ねて秋葉神社下社に到着する18.2㎞、6時間余の行程となる。今宵の宿は秋葉山下社門前の文字通り「門前屋旅館(053-985-0518河村さん)で、ゴールが宿だから安心して歩ける。

平松峠→鳥居沢山(931m)→春埜山大光寺への概念図

平松峠から大光寺間の行程図

「ログハウスみそら」の宿を出発、 幸い雨は止んでいる

「朝の平松峠」 5時起きだから、6:30峠に着けた、今日の行程がとても楽になる、幸い雨も来ない。
舗装道路を道なりに右に下れば、清水次郎長の子分「森の石松」で有名な遠州森町、真っ直ぐ行けば昨日歩いた大日山金剛院への道、東海自然歩道は右へ山道に入る

鳥居沢山(931m)までは登りであるが、比較的起伏の少ない尾根道をたどる  

「鳥居沢山頂上931m」 見晴のきかない山、傍らに休憩ベンチがあるから一休みには絶好の場所

   
埜山に向かうと、いきなり変な小屋があると思ったら、正面に回って「春埜山奥の院」と表示があった、扉は施錠されて開かない。
奥の院とは本堂の奥に在り、開祖や霊仏(薬師如来)を祀る神聖な場所となっている。

林道に出てすぐ、霧の中に鳥居が見えてきた、お寺なのに鳥居とはこれ如何

「春埜山大光寺」 養老二年(718)行基が開山、小さなお寺であるが庫裡が立派、このお寺は境内の「大杉」が有名

   
春埜杉」 行基が開山の時に植えたものと伝える、樹齢約1300年 樹高43m 目通り14m 県天然記念物

「春埜山頂上(872m)」 二等三角点が建つ、杉林を伐採すれば見通しは良くなるだろう

   
秋葉街道は山裾を縫うように西に向かい、ここから前方の集落に向かって歩く

大時、白倉、春野町砂川の集落を継いで秋葉街道が走る、往古は参詣者が列をなして歩いたに違いない

集落にはバス停があるが、定期バスは運行していない、ここで電話をしてタシーを呼ぶらしい。[午後の乗車は予約が必要]と書かれている。

春埜山→新宮池→犬居城址→秋葉山下社 歩程図

新宮池→犬居城址→秋葉山下社 概念図

「新宮池」 砂川の先で舗装道路と離れて山道に入ると池が現れた。 新宮神社が傍らにある

「松本屋旅館」 林道を下って一時間半 国道362号線に出る、自然歩道は国道を犬居橋に出るが、旧道を通ると古い街並みが残っている、この旅館の招き看板は「懸廰指定旅館」と読める。 営業中

犬居橋を渡って、道標に導かれて犬居城址に向かう

「犬居城址」 中世の頃天野氏の居城
天野氏は伊豆の国田方郡天野郷の豪族、地名を取って天野と名乗る。承久の乱(1221)のあと地頭として北遠州地方を治める。鎌倉時代には御家人として頼朝に仕え、室町時代には国人領主として成長する。
戦国時代には今川氏の家臣として活躍するが、義元討死のあと徳川家康の旗下に入る、武田信玄の調略により武田側に寝返ると、怒った家康は天正三年(1575)天野氏を攻め彼を甲州に敗走させ、犬居城は廃城となる。

物見曲輪にコンクリート製の展望台が建つ

「犬居城址の鳥瞰図」

秋葉神社下社に16時到着、雨が降ってきた。今日の泊まりは参道左手のお土産屋さん兼
「門前屋旅館」にご休泊。とても便利な所に宿泊が出来る、おひとり様の泊まりは割高です。


この項完

[参考タイムを記す] 
ログハウス(6:20)→鳥居沢山(8:00-8:15)→大光寺(9:00-9:20)→春埜山(9:30)→大時(10:40-11:15昼)→新宮池(12:45-12:55)→若身犬居橋(14:50)→犬居城跡(15:20-1525)→秋葉山下社(16:00)

東海自然歩道を歩く(26) 秋葉神社下社→上社→秋葉ダム→--ノ瀬→柴→熊の里に続く