紀行

東海自然歩道を歩く(55)
柘植駅・霊山・田代池・新大仏寺・上野市駅

 平成29年12月13日 池内淑皓

 2017年7月26日(水) 晴れ、亀山駅から加茂行きの関西本線に乗り、柘植駅で下車。霊山に向かい、田代池を経て新大仏寺に到る半日コース。
 霊山までは頂上に電波中継所があるため、舗装された道を歩く事になるが、頂上から新大仏寺に向かう下り道は、独り占めするにはもったいないほどの快適な散歩道。新大仏寺の前から伊賀鉄道の上野市駅までバスが出ているから、時間を調整しながら歩ける。JR伊賀上野駅から亀山に出て、名古屋経由で横浜に帰った。

    JR柘植駅から集落の中を抜けて名阪国道を潜り、霊山への道筋

         柘植~新大仏寺地図  1:10万

       柘植駅7:15着の電車を降りる。
今日も暑そうだ。今回の旅の最終日だから、昼過ぎにはゴール出来る、元気良く出発

柘植の集落を抜けて川沿いに名阪国道の隧道に向かう

霊山(766m)へ行く道と、霊山寺へ行く道を分ける、

朽ちかけた道標も貴重な道しるべとなっている。

霊山頂上にある電波中継所まで舗装道路が付けられている、歩きやすいがつまらない道だ。

高度が増すにつれて霧の中に入ってゆく、比較的涼しくなってきた

霊山頂上は深いガスの中、一等三角点が建つ。

「山頂の祠」 延宝三年(1675)の聖観音像が祀られている。
霊山山頂一帯は遺跡となっている。最澄(伝教大師)が嵯峨天皇の勅願により弘文年中(810-823)
国家鎮護のためこの山頂に大伽藍を創建された。
霊山と云う名は、インドの霊鷲山に似ていることから名付けられたと云う。

      
当時の供養墓等が散在している、山頂一帯は良く手入れがされ、聖地の雰囲気が漂う。

昭和の発掘で、山頂一帯が平安時代から江戸時代にかけて、一大寺院の跡である事が確認された。出土品は麓の柘植民族資料館に収蔵されている。

山頂から南へ田代池に向かって下ると、薄霧の中に「つげ」と「あせび」の群生に出会う。

この「あせび」の群生は、三重県の天然記念物だと言う。下草もきれいに刈り取られたトレイルは、素晴らしい一語に尽きる。

尾根を下ると、ヒョッコリ田代池の畔に出る。

ここには、大阪市立伊賀青少年野外活動センターがあるが、現在は閉鎖中で活動していない。私は独り遊歩道を占有して散歩する事にした。

田代池は灌漑用水である、伊賀市の山奥にあるが、この一帯は雨が少なく、大きな河川が無いことから農業用に水を貯めていると言う。 一周4.3km、貯水量105万?
丁度ここにベンチがあるから、涼しい風に当たりながら昼食としよう。 

午後はまた杉林の中を歩く、足元に道しるべがあるが、自然歩道関連ではなさそう。

自然歩道得意の尾根筋から沢筋に道を取る。夏は涼しいし、水を飲めるのが嬉しい。

飛び石が置いてあるから歩きやすい

子延の集落に出ると農免道路を横切って、そのまま新大仏寺の山域に入る   

小山をよじ登って、地蔵群に出会うと新大仏寺の奥の院が近い。

「新大仏寺奥の院」
東海自然歩道はご苦労な事に、奥の院頂上まで登らせてから、境内に出るような道づくりをしている。
この登行が嫌な人は、先の農免道路を西に下り、富永集落から新大仏寺の正門に回るのが樂だ。

「五寶山新大仏寺」 真言宗 本尊:木彫り大仏(慶快作、重文)
鎌倉時代に創建された奈良東大寺の伊賀別所。 東大寺に敬意を払って、「新」と云う文字を付けた

       新大仏寺境内、芭蕉の句碑もある。

       本堂

       お寺には蓮が良く似合う

汗まみれの体を拭いて、着替えていると、13:32発上野市駅行のバスが来た。 
バス時刻は 13:32、15:32、16:22、18:22(最終)と比較的多く出ている

今日のゴールは伊賀鉄道の「上野市駅」 14:15到着。 ビールはどこにあるの!(駅には売店がない)
関西本線の伊賀上野に出て、名古屋経由で横浜に帰った。

      
44,100歩の歩行。    この項完

[参考タイムを記す] 亀山駅(6:40)→柘植駅(7:15)→名阪国道ガード(7:55)→霊山頂上(9:45/10:00)→田代池(10:30/10:40)→途中昼食・新大仏寺(12:55/13:32)→上野市駅(14:15/14:45)JR伊賀上野駅(15:00/15:21)→名古屋駅(17:50)

東海自然歩道を歩く(56) 上野市駅・新大仏寺・笠取山・青山高原へ続く